2016年11月18日金曜日

将来の学校教育に向けて、集団療育を考える

 家から徒歩30秒の教室から、電車に乗って通勤する教室に移動し、はや3ヶ月目です。実は私は中年になるまで今まで一度も通勤電車というものに乗ったことがないのです。朝の通勤電車も面白いですよね。人生経験が大切だ。気が付いたことは、名古屋は満員に近いくらい人が多くなってきても、車両の奥に人が流れていかないんです。ですから、車両のドア付近に人がたくさんでも、奥の方は以外と空いていたりします。東京では毎朝とんでもない人の量ですから、奥に人を入れないという選択肢は絶対にあり得ないのですが、名古屋ではドア付近に乗っいる人はそのまま奥に移動せず、次に人が乗って来ようとしても場所も開けてくれません。「なんで場所開けてくれないの?」といつも思いながら人を押しのけて毎日電車に乗ります。所詮名古屋人は他人のことなんて、どうでも良いのでしょうか?
 よくよく考えると、名古屋の人は東京のように大量の人に慣れていないからかな、とも思います。名古屋の(少なくとも私の乗る)電車は最初からそんなに満員にならないのです。東京のように押し込んで人を乗せるところとは違うのです。一度大雨で電車が遅れた時も、いつもと比べれば超満員なのですが、電車の奥にはそれほど人が流れないままドア付近だけ人が詰め込まれるために、結局人が乗れないままドアが閉められてしまいました。乗る人も、「次の電車に乗れば良いか・・・」程度なのか、皆我慢して次の電車を待っていました。いや、一人だけいました。怒って柱を蹴っていた人がいました。びっくりしました。人前で柱を蹴るなんて・・・そっか、そんなに電車乗れなかったのが辛かったんだ・・・。もしや、うちの教室に来る系かしら・・・。これが東京だと、「乗れないから、次の電車に・・・」なんて言っていたら、1時間待っても電車に乗れないですよね。みんなどんどん押して車両の中までぎゅうぎゅう詰めにしますよね。やはり東京のような場所に住むと、大量の人にどう対処して良いのか徐々に学ぶのでしょう。
 新しい教室に来て、場所が広くなり、やや大きめのグループを作ることができるようになりました。素晴らしいことです。気づいたことですが、2人のグループに慣れている子が4人になると、4人のグループに慣れている子が6人になると、人数に合わせた行動ができずに、これまで問題行動がなかったお子様にも問題行動が出ることもあるのです。例えば、おやつの時間を取っても、2人が4人になれば、おやつが回ってくる待ち時間は一気に倍に長くなります。同様に主活動でも、待ち時間が増えることで、今まで席につけていた子が非常に席に座れなかったりするのです。専門用語で言うと「強化のスケジュール」と言いますが、今まで30秒に一度「はい」と手をあげればおやつがもらえたところが、突然1分に一度しかもらえなくなるということです。対処としては、一回に子どもに与えるおやつの量を一時的にでも多くして調節することで(食べる時間を増やして待ち時間を相対的にコントロールする)、一気にではなく徐々に長い待ち時間にも慣らせていくことができ、泣き出したり席を立ったりする行動を下げることができます。
 1対1の個別の療育を長く続けていると、集団に連れて行った時に今まで個別では見られなかった問題行動が突然起こったり、個別ではできていた適切な行動ができなくなることがあります。なぜ集団ではできなくなるのでしょう?これも「強化のスケジュール」という観点からに分析できます。私の教室で比較的早い段階から集団を行うのは、このためです。早いうちに集団での強化のスケジュールに慣れさせて、「個別の療育だけでしか学べない子」ではなく、できるだけ「小学校では小学校の先生から学べる子」に育てていきたいからです。
 もちろんそれ程簡単なことではありません。強化のスケジュールだけではない色々な難しさもあります。例えば、個別ではその子に完璧に合わせた課題を提供することができるのに対して、集団ではそれぞれに難易度を合わせることが難しいことも多いです。一人が泣くと、次の子にも連鎖して大合唱になり、うるさくて課題の指示が聞こえないこともあります。オモチャの取り合いも、友達がいるからこそ初めて生まれます。走り回って友達と思わずぶつかってしまうことも出ます。でも、集団だからこそ、「友達がやっているから、やってみたい」といった動機が高まることもあり、また一人ではない皆がいるからこその盛り上がりと言うか、楽しい瞬間もあるのです。私の経験からすると、難しい瞬間も多々ありますが、集団の方が絶対に楽しいのです。だから集団はやめられない。

2016年10月2日日曜日

ABA療育の早期療育は週何時間が良い?

 自閉症のお子様に対するABAの早期療育とは、だいたいどれくらいやれば効果があるのでしょうか?通常は、1日何時間くらいするものなのでしょうか?結論から言うと、基本的に研究で効果があるとされているのは、週に20から25時間なのです。土日は除いて、月曜から金曜まで1日5時間ずつ毎日療育するということです。かなり大変な時間の作業ですよね。この時間を聞いたことがある方も多いと思います。英語では、Early Intensive Behavior Intervention (EIBI)などとも言われ、幼いうち(早期、Early)に、集中(Intensive)して、行動(Behavior)の介入(Intervention)を行う、という意味です。
 最近では、特に東京近辺ではABAの療育をするとう療育機関が少しずつ増えてきています。では、日本では1日5時間、週25時間程度の療育をされているところは、どれくらいあるのでしょうか?私の知っている限り、ほぼないと申し上げて良いでしょう。どうしてでしょうか?結局のところ、資金の欠如というところが一番大きな要因でしょう。週25時間、子どもにABAの療育を出そうとすると、しかもトレーニングを受けた専門家を含んだ療育のチームを用意するとなると、年間1千万円以上の金額になったとしておおかしくはないでしょう。ただし、裕福な家庭は日本にもあるはずです。裕福な家庭は、こういった療育を行っているのでしょうか?アメリカでABAのサービスを長年提供してきた老舗の企業が、実は過去に日本にも参入したことがありました。もちろん裕福な家庭のみの対象ではありますが、ABAの療育を提供しようとしました。しかし日本では成功せずに、数年で撤退しました。同じ企業が、アメリカだけでなく香港や他の土地では成功を収めて、現在も存続しています。日本だけで成功しないというのは、残念な結果ですね。日本で本場アメリカの老舗の企業が提供するABAのサービスが成功できなかった理由はさておき、こうした過去の経緯もあって、現在日本では週に2時間から、多くても10時間という時間のABAのサービスを提供する企業がほとんどです。これは一体どういう意味なのでしょうか?
 医療の例を取り上げれば、例えば腰痛に効果的な薬があったとします。研究で毎日5mgを、一週間に25mgを投与することが効果的とされているとします。全員には効果がないけれど、場合によっては1、2年で劇的に痛みを解消するとします。しかし、まだ健康保険が適応されないがために、この量の薬の投与を継続するには、年間1千万円かかるとします。では、お金が足らないからといって、1週間に2mg投与しますか?だいたい、効果の認められていない量での薬の投与が医学会で認められるとは思いません。少ない量では、せっかく効果があることも、効果がないかもしれないからです。
 現在私の運営・監督する教室でも、最大週に8時間しか療育が受けられません。「ABAをやってみたい」という要求(需要)は多いものの、専門家がすすめる(研究で証明されている)週に25時間をやりたいという要望は、ほぼないのです。苦肉の索として、実際の専門家による療育時間は少なくても、保護者の方のどなたか(ほぼお母様)に私の提供する1回2時間の療育に参加していただくことで、その療育をご家庭でも継続してやっていただくことで、できるだけ1日5時間(週25時間)の効果に近づけたいという方法を取っています。しかし、児童発達支援事業として認可を受けて金額的に10分の1近くなった今でも、週に1回だけとか、1月に1回や2回だけ、というようなご要望があると、私の説明不足・啓発不足が悔やまれてなりません。
 また、私はABAで博士号を取得しており、10年以上の経験があります。この教育と経験を持った竹島であれば、月に1回の療育でも効果があるような幻想を与えてしまうことがあるようです。私の療育は、それをご家庭でお母様・お父様が継続してやっていただかなければ、効果はありません。また、私が教育や経験の少ないセラピストをスーパーバイズ・監督して、その人が継続的に療育を行うことで、効果的な療育を行うこともできます。実際のところ、研究では私のような博士号を持ったセラピストが直接療育を行うことは皆無です。それは、お医者さんに毎日診て欲しいと要望するようなもので、現実的でないからです。代わりに、経験があり教育を受けた人がスーパバイズすることで、そこまで教育や経験のない人が療育を行っても、効果があることが証明されているのです。
 できるだけ皆様に、科学的な事実に基づいた情報が届けられることを、そして本当に効果的な療育ができるだけ多くの方に届けられることをこれからも願っております。

2016年9月19日月曜日

2016年日本行動分析学会ポスター発表

 大阪市立大学で行われた日本行動分析学会に参加してきました。日本の行動分析学会では、私は特にポスター発表が好きなんですよね。発表の質が良いということも理由の一つなのですが、参加者(聴衆)が一つ一つのポスター発表を真剣に聞いてくれている感じが良い。アメリカの学会のポスター発表はなんとなく社交場なイメージがあって、終了15分前にはみんな片付けていなくなっちゃうこともあるのですが、日本のだと時間が終わってもみんなまだ真剣に話し込んでいる。発表者も楽しそうです。
 今回の私のイチオシは黒田君のゼブラフィッシュの発表ですね。(黒田君って言っても、愛知文教大学の専任講師の黒田敏数先生です。)ゼブラフィッシュの何がそんなに面白いのかと言うと、黒田先生曰く、ゼブラフィッシュは染色体の中身が完全にわかっている生き物の一つで、そのために医学の分野などでは個体の違いが完全に把握できる研究対象として、ネズミや他の動物よりも最近注目を浴びている動物なのだそうなのです。行動分析の分野での基礎研究ではネズミや鳩の研究が多く、ゼブラフィッシュの過去の研究はほとんどわかっておらず、行動の特徴などもこれから解明するしかないようです。しかし、行動の科学で培われた研究方法を使ってそういった動物の行動を研究することで、医学やその他の分野では解明されなかった事実が解明されることもあるように思います。何よりも黒田君の発表の表情が本当に楽しそうで、やはり新しい誰もやらない分野の喜びというものがあるのでしょうか?まあ応用の分野にこういった基礎研究の結果が反映されるまでには10年単位の時間が必要なのでしょうが、やはり日本は基礎研究が得意ですし、新しい発展を期待したい。
 もう一つは、常磐大学の助教授の菅佐原先生の携帯アプリにおけるゲーム場面での課金行動の研究ですね。「ゲームの課金行動」って・・・・こうなると自閉症とは一切関係がないようにも思われますが、うーん、やっぱり普段ない知的な刺激を求めているのでしょうか?
 とにくかく、基礎研究の方の言われる意見というのは、刺激がある。普段臨床現場では当たり前に無視してしまっている大切な行動の原理や、当たり前にやっているが何の科学的実証もない習慣など、「やっぱり行動の科学をやっている人として、おかしいんじゃないの?」と単純な疑問を率直に投げかけられてしまうのです。
 よし、また明日からも素直に頑張ろう。

2016年6月22日水曜日

NHK「あさイチ」で取り上げられたABA

 今日6月22日(水)にNHKの「あさイチ」でABAが取り上げられました。過去にテレビで自閉症が取り上げられた際には、比較的短い放映時間で、しかも半分以上「早期発見が大切」とか「まだ実用化されていない最新研究」などが大きく幅をとってしまって、「ABA」という言葉も出てこなかったり、「診断を受けてから、親が子どもにしてあげられる教育」にはあまり焦点が置かれないこともありました。今回は「発達障がいとABAについて」の特集だったからでしょうか、ABAとABAを使った実際の療育の場面が、1時間以上も紹介されており、非常に満足できる内容だったと思います。例えば、専門家の元で指導を受けながら療育を続ける親の姿、療育を受ける前とその後の様子、特に「褒める」という言葉を使ってABAの療育が紹介されていました。また、自閉症だけではなくADHD/ADDやLDも含めた発達障がい全般に向けての情報になっており、よりたくさんの方へ向けて発信されたことも良かったと思います。今後朝の時間ではなく、いろんな方が見られる夕方以降の時間で放映される番組でも紹介されるようになると良いですね。出演されたご家族の方、専門家の方もお疲れ様でした。
 今現在でも、自閉症や発達障がいの診断を受けたり、もしくはその疑いが危惧される場合に、公的機関や専門家から「ちょっと様子を見ましょう」と療育を先延ばしされることもあると聞きます。より多くの機会でABAや療育が紹介され認知度が上がり、診断を機に1つでも具体的に親が何をすれば良いのか教えてくれるようなシステムに、さらには、紹介された徳島県のように、公的機関でもABAを使った教育が受けられるような体制に徐々に変わっていくと嬉しいです。
 今度福島県での取り組みもテレビで紹介されて欲しいですね。

2016年5月28日土曜日

渡米日記2

 アメリカ到着後、結局どこにも動けずに24時間寝続けてしまいました。朝ごはん付きのホテルで良かった。オムレツや目玉焼きをオーダーすると、その場で作ってくれるんですよね。「ええ・・と、玉ねぎに、ベーコンに、チーズに、トマトに、ほうれん草に、マッシュルームに・・・。それからポテトとソーセージも。」アメリカにいた時でも普段からこんなにバカでかいオムレツを毎日食べていたわけではないが。ああ、久しぶりのアメリカっぽい。ちょっと良い目のホテルにしておいて良かった。
 体はまだ全快ではないけれど、昔お世話になった先生と予定通り夕飯を一緒にすることにしました。その先生は当時も私の勤める学校区のディレクター(日本で言えば、地方の教育委員会の長とかに近いかな?)をやっていて、親からもかなり信頼のあった敏腕な方なんです。地下鉄を降りたら、何だかオシャレなレストランや町並みが並ぶ。カリフォルニアのOaklandって知ってます?全米でも屈指の治安の悪い街なのですが、でもその治安の悪い同じ市の中で、オシャレで高級なところも混在するんです。不思議ですよね。ここでは何だかオシャレな人たちが歩道を歩き回り、治安の危険さはまず感じられない。地下鉄の駅のすぐ近く、子連れでも大丈夫そうなカジュアルなお店に入り、メキシカン(メキシコ料理)を。ああ、やはりカリフォルニアに行ったら、メキシカンだよねえ。日本では食べられないからねえ。ブリトーだよねえ、サルサだよねえ・・・うまい。体調が良ければもっと良かった。
 今先生が働いていらっしゃる小さな学校区はサンフランシスコ空港の近くらしく、面白いことに、なぜか自閉症があまり目立たず、大きな問題ではないらしいんです。ええ?自閉症が別に目立たない?ちなみにアメリカの教育会でもやはり自閉症は大きな問題で、どうしても普通の教え方では中々スキルが上達していかない子どもや、問題行動を起こしてしまう子ども多く、この教えづらさから、親と学校とも「何が適切な教育なのか?」を巡って対立してしまうこともつながったり、中には法廷での戦いにまでもつれ込むことも多いのです。ちなみにこの先生と私は昔の戦友というか、親側と学校側が対立する一番難しいケースに私たちが出動して、その対立を何時間にも渡る話し合いで合意に持っていくようなことが何度もありました。メチャクチャ大変でしたが、今となれば懐かしいなあ。ところが、なぜか今先生のおられる学校区では、自閉症の数自体も少なく、特に親との対立も目立たないと言うのです。不思議。
 次の日、昔働いていた学校区に戻りました。久しぶりに私が監督をしていたセンターに戻って、昔なじみの職員とお話しできました。話を聞いていくと、この学校区では自閉症のクラスは私がいた3年半前から比べると、倍に増えたそうです。自閉症の生徒の数が倍に増えたからと言うのです。しかも、問題行動など難しいケースは自閉症のクラスでもお手上げで、結局私がいたセンターへ送り込まれるそうで、センターでも問題は山積みのようです。生徒の数が倍増?これまたすごい話ですよね。前日の先生の学校区の話と大違いです。同じサンフランシスコ周辺の都市なのに、この差は如何に?私のいた学校区はシリコンバレーと呼ばれ、コンピューター関連のテクノロジーの専門家が世界中から集まるところです。やはり理系の技術者系には自閉傾向の強い人が多いのか?と理系の人に失礼なことを考えながら帰りました。答えは簡単にみつからないんですけどね。自閉症って、やはり不思議な謎がいっぱいです。だから魅力があるのかな?

2016年5月21日土曜日

渡米日記1

 アメリカに久々に行ってきました。おかげさまで最近生徒さんの数も増え、普段どうしても仕事中心の生活になってしまうことが多く、今回の旅は仕事をほんの少しにして、昔の友人にあったり、美味しいものを食べたり、なるべくリラックスした旅を計画しました。飛行機に乗ったら、まだ1歳にもなっていない息子はご飯を食べてすぐに簡易ベッドで眠り、こちらもワインなど飲んでくつろいで、「はあ」と落ち着いた瞬間に調子が悪くなりました。寒くって震えが止まらないんです。休みになってリラックスすると、いきなり体調を崩すときってありません?年取ってくると、段々リラックスが難しくなって、やっぱり休みでも何だかバタバタ動いてしまうこともあったかなあ。最近休みはしっかりと取っていたつもりだったのに、ああ、アメリカ旅行までして初めてリラックスするって、何だかねえ。とほほ。折角の旅行が・・・。結局ブルブル震えながらあまりぐっすり眠れるわけでもなく、げっそりしながらアメリカに到着。入国審査では、「You, go there!」みたいな無礼な命令をされつつ、理由も告げられないままやっぱり無駄に何十分も引きとめられて、ますますげっそりしながら到着ロビーに着きました。
 空港でちょっと動けないので、少しお昼ご飯でも食べてからにしようかと、家内がサンドイッチでも買ってくると、「こ、この量は!」久々のアメリカン・サイズ。そういえば、こんな量が当たり前だったっけ・・・。サンドイッチ二つとスープだけなのに、フライドポテトは山のようについているし、スープは丼ぶりかと思う大きさで、ご飯出されるだけ食べたら、体を壊すんだよね・・・。久しぶりに食べ物を残して捨ててきてしまいました。
 本当はレンタカーでそのままホテルに向かうはずであったのだけれど、あまりにげっそりしている旦那を見て、家内がレンタカーをキャンセルして、そのまま地下鉄で移動することにしました。赤ちゃんと病人連れて、家内も本当に大変だねえと思いつつも、体は動かず。しかしサンフランシスコの空港は本当に地下鉄が便利で、下手に怖そうなタクシー運ちゃんとやり取りして、いくら取られるのかドキドキしながらタクシーに乗るより、そのまま地下鉄一本でホテルまで到着できてしまうのでした。地下鉄の乗り降りは、さすが障害者にも優しいアメリカというか、地下鉄の車両とホームとの段差が非常に小さく、ベビーカーやスーツケースでも、乗り降りしやすい。ちょっと臭いが、飛行機よりは座席のシートも良い。ただし着いた先のホームのエレベーターが壊れていて、しかも1週間治らないとの張り紙が・・・。アメリカの機械って、壊れるんだよね・・・。しかも、直すのも時間かかるんだよねえ・・・。結局「ふぬけ」となった私を横目に家内がベビーカーを抱えて階段を降りなければいかず、これもアメリカ旅行だなあ、とつくづく感じる第一日目でした。

ソーシャル・スキル・トレーニング

 6月19日(日曜日)に東京の中目黒で、第4回講演会を「ソーシャル・スキル・トレーニング」題材に行います。興味のある方はぜひご参加ください。(詳しくはwww.kojitakeshima.comまで。)
 ソーシャル・スキル・トレーニングは、本当に難しい題材の一つです。私もソーシャルスキルに関する本や研究はたくさん読みましたが、「この教科書を読めば、ソーシャルスキルがわかる」「段階別に分類されて、非常にわかりやすい」というような代表作的な本が私も見つけられないからです。私も実際に療育を行う際は、いろんな本や研究のいろんな部分をつなぎ合わせて行っている次第で、私自身の臨床経験に頼る部分も大きいのです。今回講演会に題材として取り上げることで、「ソーシャル・スキル・トレーニングを、私ならこう分析して、こうやって行うという」という実際のところを共有し、実際にお子様を療育をされている皆様に、ヒント・手助けになることを伝えられれば良いと考えています。
 私の一番のテーマは、「実際に使えるレベルにまでスキルを持っていけるか?」ということです。というのも、いろんな子がスキルが使えるのだけれど使わない(can't do ではなくwon't do)というか、「やれるけど、やらない」という場合が多いのです。例えば視線合わせのスキルをとっても、自分が視線を合わせたいときはがっつり見られるのに、大人が話しかけるときは目をそらせるとか、よくありますよね。視線が合わせられないのではなく、視線を合わせる動機や、視線を合わせを強化する好子・強化子が自然の生活の中にないのです。視線合わせという行動だけを見るのではなく、その機能というか「どうやったら、人と視線を合わせたくなるのか?」への分析が大切になるのです。
 スキルに対する動機の部分の分析は、よく見られるソーシャル・スキル・トレーニングでも弱い場合が多いです。例えば、ゲームに負けて泣き叫ぶ子どもに、「負けても泣き叫んで癇癪を起こさない(泣かずにゲームを遂行する)こと」を教える場合があるのですが、まず第一に、負けたぐらいでどうしてそこまで泣き叫ばなければいけないのでしょう?と私は考えます。ソーシャル・トレーニングの結果、その子どもの様子を見たときに、「泣かずにゲームを遂行する」という同じ行動をしていたとしても、「泣き叫びたいほど悔しいけれど、我慢して癇癪を抑えている状態」と「負けたら悔しいけれど、まあ別にそれ程泣かなくても良い状態」があるとすれば、絶対に後の方が良いのです。我慢している子どもは、後で歪みがきます。負けることも含めて、楽しくゲームができる状態が目標であって、我慢させることが目標ではないはずです。行動だけ見ていると、その背景の動機の部分というか、機能の分析が無視されてしまっている場合が多いのです。
 機能・動機に焦点をおくことで、なるべく学ぶ本人にとって、それを学ぶことで我慢が増えるのではなく、逆に楽になるようなソーシャル・トレーニングを一緒に考えられたら、嬉しいです。

NHKで紹介された自閉症

 ちょっと遅れますが、5月6日に「自閉スペクトラム症 100万人 ~未来を拓く最新研究~」という題名でNHKでも自閉症診断の最新研究が取り上げられましたね。やはり何と言ってもNHKへの日本国民への影響を大きいですから、本当にこう言った企画が頻繁に取り上げられて欲しいです。
 番組は診断の研究の最前線に焦点が置かれた番組構成になっていたので、診断の後の治療教育については比較的簡単に紹介された程度でした。紹介された部分も、最新のロボット機器を使った教育介入や最近話題になったオキシトシンの研究などで、話題性というか、「皆の目や興味を引くもの」が中心でした。オキシトシンやロボットは最近の話で、まだ実際に自閉症診断を受けた人への療育・介入として使えるレベルまで全然行っていないのに、そればかりが紹介されて、ABAを代表とする「効果が実証されているもの」や「今までにすでに役に立つやり方が分かっていること」ことは取りあげられないのは残念でした。
 早期発見は最近ようやく皆さん重要性に気づき始めた印象もありますが、その後の早期療育にも同等の重要性があり、研究だけでなく実際の教育現場に力のある専門家のチームを送り込む必要があることは、まだ浸透していないようです。ABAだけでなく、専門性のある特別支援の教師、言語療法士、作業療法士など、様々な角度から適切な教育を受けられる体制をこれから作り上げていく必要があるのです。
 

2016年3月19日土曜日

自閉症から見る「関わることの意味」:テレビ番組にて

 前回のブログで少しだけ「テレビの取材がきて・・・」と紹介しましたが、3月21日(月曜日)の夜7時から11時に放映される、TBSテレビ60周年特別企画「生命38億年スペシャル 人間とは何だ・・・!?」と言うテレビ番組で、私が名古屋の教室で療育をしている様子が取り上げられることになりました。番組についての詳しい情報は、番組のウェブサイトhttp://www.tbs.co.jp/ningentoha2016/を見てください。私も実際にウェブサイトに行って「放送内容はこちら」のボタンを押してみたら、なんと私の写真もすでに載っていました。「いつのまに・・・。」まあ、そんなもんですねえ。・・・と言うことは、多分出るのでしょう。
 私はテレビの取材を受けるのが初めてなんです。本当に時間のかかる大変な作業ですね。よくテレビに出ておられる先生もおられますが(テレビの製作側の方も含めて)、「よくやるなあ」と言う感想です。勉強になりました。去年の秋頃から数回に渡りミーティングがあって、その後カメラさんが来て3回にわたって撮影したので、5−6ヶ月以上に渡る期間がありました。こういった長い取材時間を取っても、実際に放映されるものは撮影したものの10分の1にもならないんじゃないですかね。編集の段階で随分カットされてしまうようです。全くもったいない。また、カットして短くなった分、一般に分かりやすくはなったのでしょうが、誤解される部分もあるでしょうし、どうしてもこちらが「ぜひ伝わって欲しい」と思っていたような細かな内容は伝わりにくくなりますよね。それがテレビと言うものと言われれば、それまでなんですけどね。
 もちろんテレビ番組自体はゴールデンタイムで放映されることもあって、「自閉症の番組」と言う堅苦しいものではなく、「人はなぜモメるのか?」という一般に興味がわくようなことを対象としています。実は私もそこが気に入ってたんですよ。「自閉症」をテーマにするとあまりに真面目になって、重くなりがちですよね。でも、面白くなければやっぱり視聴者は見ませんからね。また、松たか子さんと安住紳一郎さんが司会をされるという番組というのも、なんとなく「真面目にやってそうな」印象じゃありません?実はこの特番はシリーズもので、私もこのシリーズは見たことがないのですが、聞くところによるとそれなりに定評があるらしいのです。
 ただ、「人はなぜモメるのか?」と言うテーマに繋げなければいけない分、面白い番組に仕上げなければいけない分、そして「自閉症やその療育を紹介したい」番組ではない分、どうしても丁寧に自閉症やその療育の内容を紹介するには限界があるでしょう。私も放映内容について書面での説明は受けて、それを修正して欲しい内容もできるだけの範囲で伝えましたが、もしかすると、見られた方からすると、ええ?これがABAなの?こんなことやって、こんな風になるの?など、誤解を招くような印象に映ってしまう可能性もあるかと思います。(実際の仕上がりを見ていないので何とも言えませんが。)
 「誤解を生む情報の提供はやめて欲しい」と言われる方も多いのですが、私は「誤解も含めて、まず知ってもらう」ことからだと思います。「自閉症の子も変わることができる」と一般の人にまず知ってもらいたいのです。どの分野・領域にも誤解はつきものです。誤解を恐れずに、今回は皆様に「自閉症や療育についての情報を提供する」と言うよりは、一般の方に「これからもっと知りたい」と思ってもらうきっかけとして、暖かい目で見てください。
 撮影や編集の方お疲れ様です。みなさん見てくださいね。

2016年1月8日金曜日

個別教育目標(IEP)とカリキュラム

 「学校」と言うと、どんな印象を持つでしょうか?楽しい思い出が多い方もいらっしゃるでしょうし、逆に楽しい思い出よりお辛い思い出が多い方もいるでしょう。私の場合はアメリカにいる時は学校で勤務していることが多かったため、自分自身が学ぶ場所と言うよりも、すでに職場なイメージが強くついてしまいました。大学院で心理・ABAの専門家として専門的な教育を受けながらも、卒業後は学校など教員が主にリードを取って活躍する「学校教育界」に身を置く経験が長かったので、その現場から学ぶことも多かったように思います。そこで学んだことの一つが「カリキュラム」です。
 ABAや心理的なアプローチの場合、個別を基本原則としている場合が多く、個人に合わせて目標を立てて、それを達成しようとします。しかし、学校教育的なアプローチでは、「カリキュラム」を使うことにより、個人個人ではなくクラス全体に行う集団指導を目指します。私は学校教育の専門家ではないので、カリキュラムとは何かについて説明するのもおこがましい話ですが、大きく言えば1年間生徒に何をどれだけ、どうやって教えるのか大まかな流れを示すものです。現実的には、先生自身がそのカリキュラムを決めなくても、一般にどの教科書を使うか決め、どれだけの時間をどの教科に当てるのかを決定することで、すでに何をどれだけ教えるのかが決まってしまいますから、自然に「カリキュラムに沿って」教えることになっています。
 特別支援教育ではどうでしょう?アメリカでは特別支援学級において「IEP(個別教育目標)」を立てることが義務づけられています。しかし意外かもしれませんが、それは完全個別ということではありません。学校教育ではあくまで集団での教育を目指しています。必ずしも使う教科書は決まっていませんが、特別支援でお「カリキュラム」は同時に存在するもので、それにそって学校は教えるけれど、それでは足りない個別の部分のみを「IEP」に形にしていくのです。ですから、「IEPを見れば、その子の成長がわかる」という発言は必ずしも適切ではなく、IEP以外にもカリキュラムにそって色々なことを教えているのが当然なので、それ以外の学習もあってしかるべきなのです。
 現在私は小集団の教室を運営していますが、個別の目標と、集団で行うことの両方を目指しています。集団で行うことは「カリキュラムがある」と言ってしまうと必ずしも正確には適切ではないかもしれませんが、個別の目標だけを見て教えるのではなく、集団全員に合わせたで色々な活動を積極的に用意します。こういった活動を常に続けることで、逆に個人のユニークさ、弱さ、強さがより明確になります。またさらに言えば、個人に合っていないかもしれない活動も積極的にやることで、こちらが想像しなかった教育の結果が生まれることが多いのです。もしかしたら、これは無理かなあ?とか、これはこの子には合わないかもしれないなあ、と勝手にこちらが想像したことが、結局は外れて以外に子どもが乗ってきて非常にたくさん学べるなんてことが頻繁にあるからです。逆に個別の目標に偏りすぎると、子どもの学習の機会を減らしてしまいかねないのです。
 「知的遅れのある子どもの目標」のところで話しましたが、知的に遅れがなかろうと、子どもにはいろんな活動をさせる必要があるのです。その中で実際の活動を通した体験から色々なことを学ぶ必要があるのです。ですから、個別目標だけを立てようとすると、非常に難しい話になるかもしれません。目標はあるが、それを教える活動の場が見えてこないからです。実際に何を子どもとやるのか?お勉強で教えるということではなく、そのお勉強の知識を使う活動の場を色々と用意して行う必要があるのです。

2016年1月7日木曜日

知的遅れのある子の個別目標

 新年の抱負は立てましたでしょうか?私はフランス語で「はらぺこあおむし」の絵本を読んでうちの息子に聞かせたいと思いつつ、すでに3日坊主で終わるような気もしている今日この頃です。なんでフランス語?意味はないです。特に子どもにフランス語を教えようという気もないので、私の趣味です。なんとなく面白そうな気がしません?フランス語で「はらぺこあおむし」を読んでいるのをYouTubeで検索すると、何人かの子(多分フランス人)によって読まれたバージョンがあって(画像は絵本のままです)。本文にはないのですが、絵本の最初と最後に、多分葉っぱを食べる音を表現したであろう言葉が出てくるんです。英語で言うところの、crunch crunch (クランチクランチ:ポテトチップス等固い物をバリバリ食べる音)に近いようなことだと思うんですけれど、フランス語のRの音って特別ですよね。それがどうにも日本語のカタカナではとても表現できない音で、子供が言っていると特に可愛いんですよ。皆様も見てみてください。
 知的に遅れがあるというか、早期療育をしても普通学級に行くほどは知的な能力が伸びなかった場合、その後の目標に困る場合が多くあります。というのも、早期療育の段階の目標は、模倣だったり、マッチングだったり、物の名前を識別・弁別することを教えたり、定型発達になるべく追いつくための療育です。ABAには多数の教科書的な本も存在するので、比較的簡単にそこの中から目標を選ぶことができることが多いです。しかし早期療育がおわると急にそう言った教科書的な存在が少なくなってしまいます。その後の方向性は、必ずしも定型発達に追いつこうとするのではありません。それぞれのレベルで、将来子供がなるべく生活面・経済面でも自立していくようにスキルを教え、その子の世界を広げていくことになりますが、まあそれは定型発達の子供と同じ方向性ですね。
 私の場合、1)お勉強的なこと(読み・書き・算数)、2)人とのコミュニケーション、3)生活関連・身体自立のこと、4)趣味・自由時間のこと、5)人と一緒の活動や体を動かすこと、この5つは欠かさないように行きます。もちろん、学校で行われるべきなこと、家庭で行われるべきなこと、塾や課外活動的に行われること、などあるので、親が全てを教えるということではなく、それら全ての場面の学習を合わせるとこの5つの領域の全てがカバーできるように気をつければ良いのです。
 今までの「模倣」や「マッチング」や「物の名前を識別・弁別する」などを目標とするのではなく、そいうったスキルはスキル単独で教えるのではなく、実際の場面で実際に役立つように教えていくことになります。例えば、趣味や体を動かす領域の目標として、「踊り(妖怪ウオッチ体操、エビカニクスなど)を3つ踊る」という目標があれば、その中で模倣のスキルが使われても良いし、使われなくても良いですし、エビやカニの名前の識別がついでにできても、できなくても良いです。実際に使われる場面を大切にするというのは、定型発達の子供にも役に立ちます。ただ化学を教えるのではなく家庭にある重曹とお酢を混ぜるとどういった化学反応を起こして掃除に役立つのか、家庭で役立つ形で教えていくと、化学も面白いものになります。実際に合戦のあった場所に行って見ることで、歴史を面白いものにするかもしれません。
 DTT(ディスクリートトライアル)というタイプのABAの早期教育をたくさんやってきたご両親に良くある間違いは、実際に使えないお勉強の部分の割合を比較的多く取ってしまい、あまり本人の生活に直接役立たないことを続ける結果になってしまうことです。(DTTが良くないという意味ではありません。陥りやすい間違いがある、というだけです。)また、上記の領域の4と5の、4)趣味の時間、5)人とのやり取りに時間を使わなかった結果、放っておくとウロウロとばかりしてしまう(もしくはすぐに問題行動を起こす)場合が多く見られます。実は特に自閉症の場合、興味の幅が非常に狭く、新しいことが嫌いなために、放っておくと自分では楽しいことが見つけられない場合が多く、療育でかなりの労力と時間をかけて、楽しいことや、やりたいことを増やすことに焦点を置かなければいけない場合が非常に多いのです。勉強に力を入れた結果として、自由時間になるとお勉強の道具をお母さんのところに持ってきて、よっぽどお勉強が好きなのかと思えば、実はただ他に楽しいことがない、それ以外活躍の場がない(人から適切に注意を引いてもらう場がない)、という悲しい事実にぶつかることも多いのです。
 知的に遅れがあっても、なくても、(それぞれのレベルは違うかもしれませんが、)実はあまり変わらないことが多いと思います。子どもそれぞれが充実した生活を見つけるために、楽しい活動を見つけるためには、活躍して皆から褒められるにははどうしたら良いか?を一緒に考えることがまず最初です。そしてそれに合わせた目標を見つけることが大切になります。

2016年1月4日月曜日

言葉の使い方を教える

 あけましておめでとうございます。出身地である名古屋に帰り、日本で療育を始めて丸3年経ちました。教室に療育に来てくださる方、講演会に来てくださる方、いつもブログを読んでくださる方、ありがとうございます。2016年もよろしくお願いします。
 昨年はどうでしたか?お陰様で私自身は公私ともに充実した一年を過ごせました。仕事面では昨年から講演会も本格的に始め、教室ではこれまで教室に通ってくださった生徒さん達が順調に成長しているところを見ることができました。個人としては子供も生まれ、今日は笑っただの、泣き止まないだの、首が座っただのと一喜一憂し、泣き止まないから一緒に階段を上ったり降りたり、歌を歌ったり絵本を読んだり。気がつけば日々は去り、手入れのされない頭は薄くなり白髪も増え、そんな時に限ってテレビの取材があったりする。ああ、もうちょっと可愛かった頃に撮ってくれれば良かったのに・・・。人生そんなもんですね。(「可愛かった」で引っかかった?そうです。その通りです。誰が何と言おうと昔は「可愛かった」ことにしておこう。)テレビについては、また放送されそうになったら報告しますね。実は全部カットされたりして・・・。
 ちなみに2回目の講演会を2月7日の日曜日に、場所は変えますが再度東京で行うことになりました。今度は言語行動(Verbal BehaviorもしくはVB)をテーマに行います。詳しくはwww.kojitakeshima.comをごらんください。
 ということで、言葉を教えることについて今回は少し話します。通常学級でも「国語」は高校まで主要科目になっていますよね。大学では「コミュニケーション」なども授業で取ることができます。話すこと、そして他人と意思疎通を図るということは、一生学び続けるといっても良いでしょう。それだけ人にとって重要で、またそれだけ難しいということでもあると思います。
 これまでの言語の理論は基本的に言語の意味について、そして「名詞」「動詞」「副詞」などの文法や構成についてが中心に語られてきました。行動分析(ABA)では「言語行動」というちょっと違った観点からの分析を使います。具体例を言えば、「その時計良いね。」という言葉があると、これまでの通常の言語分析の観点からすれば、名詞があって形容詞があってという構成を分析するかもしれません。しかし、行動分析における言語の分析では、その言葉を発する話し手にとって、話を聞く相手の喜ぶ顔が見たかったのか、実際には「その時計欲しいよ」という隠された要求だったのか、という言葉の効果によって言葉を分類しようとするものです。言語を使う人から見た、その言葉の持つ機能に中心を置いた分析になるからです。
 発達に遅れのある子どもにとっては、過去には「どうせ話せるようにはならないのだから」「知的な遅れがあるのだから仕方ない」と、もうこれ以上言語を教えようとする意図さえ諦められてしまう場合が多かったと思います。しかし、今では発達に遅れがあっても言語行動の分析を使った研究を元に、言葉を上達させることができるということはわかってきています。もちろん話せない子どもが突然普通に話せるようになるという夢のようなことではないのですが、私たちが英語を勉強して行くとちょっとずつ話せるようになるように、工夫して教えて行くと、やはり確実にコミュニケーションの力は上達はします。「コミュニケーション」と言ったのは、必ずしも口頭で「話す」ことだけにとらわずに、色んな手段を考慮しながら話し手として相手に意思を伝えることに焦点を置くほうがずっと効率的だからです。英語を学ぶ時のように、一見地味な成長かもしれませんが、それを継続することによって積み上がった長期間の成果は大きいでしょう。
 この長期間の成果を生み出すには、家庭での親の支援・教育だけでは難しいことも多いと思います。今後できれば公的機関、特別支援学校や発達支援事業などいろいろな所で、行動分析だけでなく言語療法士を含む専門的な知識を学んだ専門家がチームになって言語を教えてくれる場面が増えて行くことを切に望みます。