2014年2月10日月曜日

基軸となる行動:Executive Functioningその2

 外に出たついでにスーパーに買い物によりました。買い物は特に予定していなかったのですが、漂白剤やらお菓子やら卵やら、思ったよりも買ってしまうものです。こういう時に限って妙に混雑していてレジには列ができています。レジで払い終わって袋詰めにするカウンターにかごを置いてから気づきました。あれ?袋がありません。またか。やはり買い物をしようと思って出かけないと、私は買い物袋とかよく忘れます。前回も忘れました。前回は人が少なくて、レジの人に後から言って5円で袋を買いました。5円で買えるなら、なぜ支払いする時に袋がいるかどうか聞いてくれなかったんだ?最近は袋持参が常識なのだろうか?しかも今日はすごい人が並んでいて、レジの人に今さら袋を買いたいことが言いにくい。車に行けば袋もあるのだけれど、荷物を置いて車に行くのも面倒くさい。しょうがないので、手に全部抱えて車まで行くことにしました。ちょっと無理かな?手にも小さなものをごちゃごちゃ抱えて、色んなものをジャンバーのポケットに詰めて、これじゃなんだか下手な万引きだよ。誰かに見られてないかな?でもこれくらい持てるよ。よし・・・ガシャ。卵を落としました。あーあ。よりによって落とすのは卵。ついてない。ただでさえ万引きおじさんみたいにポケットに色々詰め込んでいるので、人からの注目を受けたくない。床を汚してしまいましたが、拭くものもない。うーん、どうしよう?買ったものを捨ててその場からいなくなりたい。
 こんなことありません?私だけ?トロいですよね。とほほ。 ちなみにしばらくすると店員さんがやってきて、床を拭いてくれて、しかも、卵を替えてくれると言います。「え?良いんですか?」ちょっと嬉しそうな図々しい私。店員さんは嫌そうな顔も見せずに卵を取りに走りました。何て親切な人なんでしょう。世の中いい人ばかりですね。替えてもらった卵を手に、何とかジャンバーにもっと色々詰めて(やっぱり懲りてない私)、やっと車までたどり着きました。ああ、串カツのいいにおい。そうか。途中で入り口で売ってた串カツが気になってたから、ぼんやりして袋を忘れて卵なんか落としたのか。そして親切な人の助けによって、トロい私は今日も一日を乗り越えました。トロくても生きて行けるものです。もちろん串カツもゲットしました。(ブログネタもゲットしたし・・・。)
 高機能の自閉症の子とか、アスペルガーの子等をよく観察すると、言い方悪いのですがトロいように見えるのです。親が見てると要領が悪くて本当にイライラするとよく聞きます。例えば、学校で何か先生に言われた課題をやっているとします。成績の良い子は終わったらすぐに次のことを始めます。片付けたり、次の時間の準備をしたり。でも自閉症の子達は、やれと言われたことだけを額面通りにこなして、そのまま大満足だったりするわけです。次に何をしたら良いかなどは、考えも及ばないのです。これは勉強嫌いで、わざと次の準備をせずにこっそり他事(漫画書いたり落書きしたり)をしている子(何をしたらよいのか、他に何をしたいのかがしっかりと分かっている子)とは少々違います。朝の準備も、起きるのが遅いという以上に、非常に時間がかかる場合が多く、忘れ物もしがちです。人って常に「何をしたら良いのか」又は「何をしたいのか」を考えながら生活していると思うのです。この「何をするか」をあまり考えずに(準備をせずに)行動すると、もちろん物も忘れるし、やることにも時間がかかる訳です。私が買い物で袋を忘れたのも、準備せずに突然行くからです。
 物忘れの多い子どもに、忘れ物に気づいた時に「また忘れ物して!」と叱るのは逆効果です。というのも、忘れ物に気づいた時ではなく、その大分前の準備する段階で失敗が始まっているからです。何を持って行ったら良いのか、どう段取りすれば良いのか考える準備の行動が欠けている場合が多いのです。ただ教える際に注意が必要なのは、「忘れ物はない?ナプキン持った?体操服は?連絡帳は?」と言ってしまっては行けないのです。そうすると、結局忘れ物をチェックしたのは、お母さんになってしまい、お母さんに頼るようになります。専門用語では、プロンプト依存と言います。時間がかかっても、自分でやるように仕向けることが必要なのです。朝の準備をするには、自分から何を朝したら良いのか考えて、段取りを準備させること、それに合わせて朝の準備をしていくことが必要になります。忘れ物は、学校で何があるのかイメージさせたり順番に時間割を見ながら、何が必要なのかチェックすることが必要になります。
 教える際、私の場合は初めに口で説明しながら、一緒にやって行きます。「朝起きたら、まず何をしたら良いのか考えるよ。考えて頭の中で準備しながらやると、やりやすいね。きっと朝の準備が早く済むよ。練習しようね。じゃあ、まず起きたら着替えて・・・・次は何する?・・・歯磨く?ご飯の前に歯を磨くの?そう、ご飯食べて・・・、次は?歯を磨いて・・・、そのままやってごらん。そう、学校の準備のカバンを用意して。」と言った形で説明しながら、「・・・」の所は時間をあげて自分から考えさせるわけです。そうすることで、私が全部言ったことをリピートするのではなく、子どもも参加してやり方を少しずつ一緒に考えて準備するのです。必要であれば最初は紙に書き出しても良いですね。もちろん準備ができたら、褒めてあげて下さい。そして次回から徐々に、「次は?」と言った手助けを減らして行きます。
 準備ができたら、その準備した言わば「時間割」通りにことを進めることが必要なので、一つの活動が終わるごとに、時間割に一度戻ってもう一度何をすべきだったのか確認することが必要です。最初は、「あ、ご飯食べ終わったね。じゃあ次は・・・」と言った感じの手助けが必要になります。決して、「ご飯の後は歯磨きでしょ。さっき自分で準備したでしょ?」と言っては行けません。ちょっと時間をかけてでも自分から時間割をチェックすることをやらせなければいけません。言われずに自分からチェックした場合は、しっかりと褒めますが、しばらく時間を与えても次のことがみつけられなければ、答えを教えてあげても良いです。準備の段階で自分から次のステップが考えられていないのかもしれません。最初から自分で考えた時間割であれば比較的簡単にもう一度思い出すことができるはずです。そして徐々に、「次は・・・」という手助けを減らして行きます。私の場合、ご飯を食べ終わってぼんやりしている子どもには、「ご飯食べ終わったねえ。」(思わせぶりな台詞だけで、自分から気づかせる)なんて言うだけの時もあります。微妙な手助けに変えて行く訳です。
 さらに細かく言えば、着替えや歯磨きと言った活動の一つ一つも考えながら、歯ブラシを濡らして、歯磨き粉をつけて、磨いて、といったことを考えて次に何をするのか準備しながらやると、やりやすくなります。もちろん慣れて早くなれば体が流れを覚えるので、そんな必要はなくなります。(例えば、普通の大人でも旅行に行ったときは、いつもと違う所に歯ブラシがあったりするので、頭で色々と考えながら準備していると思います。普段の家庭ではいつも通りなので、考える必要はないのです。)
 こうやって頭で準備をしながら、活動を一つ一つこなすことを教え、できるようになったら徐々に徐々にスピードを加速させて行くプロセスになるので、はっきり言って非常に時間がかかります。しかししっかり教えると、いつまでも「ほら、体操服忘れたんじゃないの?」言い続ける必要がなくなります。

2014年2月5日水曜日

自閉症症状(スクロール)と老化現象(思い込み)

 おじいちゃんを助手席にのせていて運転していると、こんなことがありました。交差点で信号待ち中ぼんやりしていると、おじいちゃんから青だから進めと言われました。「またぼんやりしていて信号に気づかなかったか」と思い発進しかけましたが、よく信号を見ると信号はまだ赤なんです。「ええ?あれ赤じゃない?」と言ってもおじいちゃんは「おう。進める。」と自信満々に言っています。「赤だよね。」と祖母に確認すると、やはり赤だと言ってくれました。そのうちに信号は青になって渡れたのですが、おじいちゃんはすっかり青だと思い込んでしまっていたようなのです。年取って来ると、こういう思い込みってよくありますよね。
 私の勝手な(専門的でない)分析を加えるとすれば、生活に変化が少なくなってやったことの繰り返しが増えると、これまで通りなのであまり注意したり頭の中で準備・整理したりしてやることなく、言わば「自動的」に繰り返すようになります。変化の少ない生活の中で、「これまでの経験と同じになるだろう」的に行動することを続けると、状況の変化に注意を向けたり、変化に合わせてしっかり反応することが弱くなります。これが老化の始まりというものじゃないでしょうか?
 しかもこうやって「自動的」に行動していると、あまり使われない脳が他に刺激を求めているせいか、頭の中で過去のことを思い出したりしてしまうのではないでしょうか?最初からよく観察して行動していないのに加えて、頭では他事を考えているのですから、余計にぼんやりしてしまう訳です。
 さらに言えば、よく見てないだけではなく過去の行動パターンに「凝り固まる」ような印象を受けます。思い込んでしまったことから柔軟に抜け出せず同じ間違いを繰り返したり、「よく見れば間違いにすぐに気がつくのに・・・・」という結果になります。例えば探し物をする際も、「過去に物がみつかった場所」を何度も探すだけで、実際には目の前にある物が見つからなかったり、「もうバッグの中は探した(バッグの中にはない)」と思い込んでいるので探さなかったりします。自分ではしっかり探しているつもりですから、もちろん見つからないことに苛立ちます。
 実を言うと私も先日仕事のレポートをすっかり忘れました。しかも、本人はすっかり書いたつもりになっていたので、生徒さんの親御さんから聞かれた時に、「あれ?書いて送りましたよ。」と自信満々に答えていましたが、あとでコンピューター見て愕然としました。私の思い込みだったようです。若いときは忘れることはあっても、そんな事実でないことを思い込むってありえないと思いません?怖い、怖い。
 面白いことに、自閉症の中にも、これに似た症状、行動をとる子どもが多いのです。例えば、模倣を教える際、「パチパチする」動作と「バンザーイ」の動作の模倣を教え、そして次に新しい動作の「バイバイする」を教えるとします。自閉症の子の行動でよくあるパターンとしては、見本を見て真似をするのではなく、初めに学んだ「パチパチ」「バンザーイ」を順番にやって見せてくれます。これは他のスキルを教えるときも同様です。「バナナとって」と「みかんとって」を教えて、次に「リンゴとって」を指示されても、バナナを渡したり、みかんを渡したりするのと同じです。「以前にバナナを渡して褒めてもらえたから、次もバナナを渡しておけば良いだろう。バナナがダメなら、みかんかもしれない。」的な行動で、よく見てない、よく聞いていないことを示しています。ちなみに、英語ではこういった過去に教えられた行動を適当に順番にやって見せることを、コンピューターの画面をスクロールさせて選択するのと似ているので「スクロール」と言います。
 また、自己刺激とよく言われますが、手のひらを目の前に動かしたり、 何か意味の分からない言葉を言っていたり、目が泳いでいたりすることもあります。過去のパターンで行動してしまいやすいだけでなく、頭で他事を考えているのでしょうか、ますます課題に集中できない訳です。
 さらに言うと、「思い込んだらそれ以外は考えられない。」というか、何度も同じ間違いをするようなこともよく見かけます。例えば3択でリンゴと、バナナと、みかんがあるとします。「リンゴちょうだい」と言われてバナナ渡し、それがダメならみかんを渡し、さらにそれがダメなら、またバナナに戻ってしまうのです。消去法からすれば明らかにその次はリンゴなのですが、何故かバナナとみかんを繰り返してしまうのです。こういった間違いを繰り返して結局は苛立ち、やる気をなくしたりする点から言っても、なんとなく「自分ではしっかりやっているつもりだから、何で正解じゃないの?。いい加減にしてよ。」とでも言っているいうような印象も受けます。
 自閉症の子どもは繰り返しを好む、いつもと違うとパニックを起こす、ということがよく言われます。これも、一度「こうなる」という勘違いした予測をしてしまってたら、凝り固まってしまった場合はなかなか、「違うのね。」と納得出来ず、「何で違う!こうなるはずだったのに!」ということでしょうか?年取ってきて凝り固まって、思い込んでしまう人たちとなんとなく通じるような気もします。
 私はこういった行動を改善するのが療育の仕事と思います。「注意して見る」「他事を考えずに言葉を使って準備しながら問題解決する」「凝り固らずに変化に対応する」というような大まかな行動を教えます。今日は私の勝手な観察と主観でした。