2013年7月30日火曜日

ABA:フリーオペラントの理論

 今週末は「日本行動分析学会」年次大会に出席してきました。前回も報告した通り、まだ「ぎっくり腰」になって長くないので、無理しない程度に参加しました。やはり長いこと座っているのが辛いので、長時間の参加は避けましたが、色々と収穫もありましたね。シンポジウムでは「『罰なき社会』を再考する」で発表されていた方たちの中でも、特にドッグトレーナーの山本央子先生のキャラが個人的には面白かったですね。話し出したら止まらないタイプというか、時間が過ぎてもガンガン喋りまくってましたね。話題が話題だけに熱くなるのも当然ですけどね。しかし首輪やショックを使った罰ベースのトレーニングが日本では頻繁に使われているとは、全然知りませんでした。ペットを人間以上に溺愛している人が多い世の中、ちょっと驚きですよね。罰を使わずに有効なトレーニングを行えるという情報自体がもっと広まらなければいけませんね。でもまあ子どもの教育現場でも同じと言えば同じですかね。残念ながら、なかなか体罰がなくならない。杉山尚子先生がスキナーの過去の発表等を踏まえて、理論的な分析・説明も発表なさいましたが、「罰という行動をなくすにはどうするのか」、ということを社会の行動として分析・理解し、変えて行こうとする試みも大切だと思います。
 さて理論も大切だなあと思った時点で、ここ何回かディスクリートトライアル、NET(自然環境でのトレーニング)、自発トレーニングの話をしてきましたが、今回はちょっと掘り下げて理論について話します。これまでディスクリートトライアルは、「指示に従う」行動を教えることに有効であり、色々な行動を教えるプログラムが、教える側のタイミングで調節出来る(学側の行動を待たなくても良い)という点で非常に使い易い方法だということを話しました。研究の流れとしてそれに反して出てきたのが、PRTなどを含むNET(自然環境で行うトレーニング)ということも言いました。しかし、行動分析の理論的に言えば反対は「フリーオペラント」と言います。実はPRTやNETという新しい名前を使わなくても、ディスクリートとは反対になる理論的な方法があるので、これを少し紹介します。なぜここで理論を紹介するかと言うと、私たちは科学として色々な行動の理解をして、今後も色々な療育に有効な方法を開発し、評価していくわけです。理論という大きな背骨・木で言えば幹に当たるものを無視して開発していくと、今後大きく成長してく大木にはなりづらいのです。私は理論をしっかり理解するからこそ、より安定した芯の通った療育の方法を人々に紹介出来ると思います。
 まずディスクリートは、明らかに始まりの合図があり、学ぶ側の行動が一回起これば、その試行(トライアル)は行動が強化されて(または強化以外の結果があって)終了となります。次の試行はまで(次の合図があるまで)は、少しなり長時間なりの待ち時間があります。これに比較して、フリーオペラントは、行動を何回しても良いのです。ですから、決められた時間内に何回行動が起こったかなどを見る時に使います。日常生活の例で言えば、お母さんが「これ片付けて」と指示して、子どもが片付けて、お母さんが「ありがとう。良く出来たね。」と褒めたとします。片付ける物が一つで、指示も一回な場合は、合図が一回、行動も一回、次にある合図までは時間があるということですから(何度も物を出して片付けたとしても、褒められない)、ディスクリートトライアルということになります。これに比較して、バスケットのゴールにシュートして遊ぶ場合、何度シュートしても良いでしょう?一回一回合図もない。ですから、「フリーオペラント」ということになります。遊びは基本的にフリーオペラントになることが多いです。実際にはこの中間というか両方の属性を含んでいる(ハイブリット)というのがあります。パズルをやる場合等です。「ピースをいくつもはめられる」(一つ一つの行動の間に、待ち時間はなく何度もできる)という点では、フリーオペラントなのですが、パズルの一つ一つは、(バスケットのボールと違って)同じピースを何度も外してはめてするわけではなく、一つのピースは一回しかいれない、こういう面では、1つ1つはディスクリートなわけです。
 親のコンサルをする際に私が良く使う例は、ディスクリートが受験のような感じです。お勉強は必要ですよね。ただ、お勉強だけしていて大学に入ると、入った後で「じゃあ自分は何をしたいのか?」迷ってしまいます。「自分の本当にしたいこと」は誰かに与えられた課題をこなす(ディスクリート)ではなくて、フリーオペラントだったりハイブリットだったりするわけです。フリーオペラントで一番わかりやすいのが、お笑い芸人の漫才などですね。決められた時間内に、何回面白いことを言ってお客を笑わせても良い。お客が「これして」ということに答えるのではなく、自分から面白い話をどんどんして良い場面です。もちろん強化子はお客の笑い。最近の番組では漫才形式ではなく、ゲストのトークや企画を紹介して、それに対して面白いコメントをするのが芸人の仕事になっているので、これはフリーオペラントではなくて、「ハイブリット」になりますね。旅館の女将さんなんかも「ハイブリット」系です。お客の様子をみながら、さっとお茶をだしたり、近所の良い観光場所を紹介したり、相手に合わせるような会話をしたり、色んな行動をしてお客を快適にさせるわけです。お客の笑顔が強化子になります。
 ということは、人生はこのディスクリートとフリーオペラント、その混合(ハイブリット)からできているので、両方の教育が必要であるということです。ディスクリートトライアルだけでは、人生に必要なことは教えられない、フリーオペラントだけでも教えられないということです。PRTの教科書なんかを読むと、ディスクリートに対抗するような感じで書かれていますが、これは間違いだと思います。対抗するのではなく、両方使うことが望ましいということです。人間やっぱり人から認められるのが嬉しいんですよ・・・(幸せの追求のような話になってきましたね)。自閉症の子どもに「どうやって人から承認をえられるのか」「人を喜ばせるのか」ということを教えるとすれば、指示に従うことを教えることも大切ですし(ディスクリート)、相手を観察しながら相手に合わせたことをすること(ハイブリット)を教えることも大切ですし、自分から面白いことをして相手を笑わせること(フリーオペラント)を教えることも大切です。ちなみに自分から面白いことをして自分で適切な遊びをするということ(フリーオペラント)も大切ですよね。「パズルやりなさい」って言われてやるものではなく、自分からやりたいこと(しかも他から見てあまり変じゃない、迷惑をかけないもの)を教えて行くのも大切です。

2013年7月21日日曜日

療育で孤独に戦う親

 突然ですが、ぎっくり腰になってしまいました。それも何となく徐々に痛くなったので、きっかけというようなきっかけもなく、原因が指定しづらい。まあ生徒を持ち上げてクルクルして」回したりしていたからかなあ。合気道や水泳もするから、運動不足ではないはず。変わったハキングシューズもはいてみたから、そのせいかも。いずれにせよ腰に負担をかけると痛い。くしゃみをしても痛い。次第に何もしていなくても重くてつらくなってきたので、ヤバいかなと思って接骨院に行って治療をしてもらいました。
 氷で冷やした後に、電気の治療をしてもらっていたら急激な痛みが襲って来て、人前なのに「痛、痛、痛!」と言っていたら後で院長先生が針を打ちにきてくれましたね。別に治療をしてもらったから痛くなったのではないのだろうけれど、ちょっと怖くなりますよね。治療後は何もしていなくてもかなり痛くなり、朝方までほぼ眠れませんでした。次の日は何もしていないのに、痛み止めを飲んでいるのに、それでも痛い。何もできない。ということで滅多に休まないお仕事もお休みして療養しました。生徒の皆さん、すみません。でも痛みは人に伝えづらいですね。今日はやっと痛み止めなしでも良くなってきましてブログなんか書いていますがが、それでも長い事椅子に座っていると痛いので、寝ている事が多いですね。寝てるばかりで何も出来ないのは本当に退屈です。動いてるときは、「ああ、疲れた、一日寝ていたい。」と思っているのに。 
 でも、ぎっくり腰くらいのメジャーな障害になると、別に大した治療法がある訳ではないのだけれど、色んな情報がすぐにインターネットで手に入りますね。しかも、どれを見ても大体同じ事が書いてあるので、情報を疑う余地もあまりない。接骨院もすぐに行きたい所がみつかるし、他の人からも理解が得られる。これはありがたい。ここ最近やっとメジャーになってきた自閉症とは違いますね。本当にインターネットでも情報が掴みづらいと思ったからこそ、私もウェブやこのブログを作りました。出来るだけ科学的で、最新の情報を提供するようには心がけていますが、私の情報が的確であるか、自分の子どもに合うかどうか、結局の所は親が判断しなければなりません。だからこそ、誰に話しても理解を得られない、だから話せないという悩みは本当に辛いと思います。
 お母さん方の話を聞くと、 「うちの両親はあまり療育に理解がなくて」「うちの旦那はあまり協力的ではなくて」というのは良く聞きます。逆におばあちゃんが、「うちの娘は(息子は)あまり療育に感心がなくて」ということもありますが、やはり周囲から理解を得られないお母さん達は本当に孤独を感じられるのではないでしょうか?「何かしなくては!」という焦りと、「これ(私の療育のやり方)で大丈夫なのだろうか?」という不安に加えて、「何でそんなことしているの?本当に効果あるの?」みたいな周りからの冷めた視線が重なり合うと、ストレスも倍増でしょう。
 第三者的な視線から言えば、私のようなコンサルタントに1回何万円という高額な代金を払うということも、理解しづらい点かもしれませんよね。医者に行けばこれよりはもっとたくさんの金額を払っているはずなのですが、保険という社会制度があることで、個人の負担が軽減されています(実際には保険料などで、どこかで支払っているんですけどね)。「療育」という事自体が国としてしっかり認識されていないので、それをこれまで障害や教育に関与してこなかった人たちに理解してもらうというのは、所詮無理な話かもしれません。私的にはこういった「チャレンジ」があるからこそ面白い分野でもあるのですが、親からすれば、「あと10年後だったら、もっと国の制度も充実していただろうに・・・。」「人からも理解されやすかっただろうに。」と思う事もしばしばでしょう。でもね、10年前はもっとひどかったのよ、これが。
 それにしても人が真剣に「やりたい」「やっている」と言う事に対して、「そんなことまでして」とか、「どうせダメなんじゃないの?」という視線、姿勢を向ける人はちょっと腹が立ちますよね。もちろん療育等の大きな決断をする際には、「慎重に色んなことを考慮する」「情報の中から事実と体験談を分けて考える」ということは大切ですが、それと「人の心を折る」(私は腰が折れちゃってるけど)ような事を言うのは、別の話ですよね。「やらない」ということで「大事な時期を逃してしまう」ということもあるのですから、「やらない」という選択肢のリスクもあるわけです。人はみんな決断でミスをするものなんです。あまり決断を恐れず、やってみて駄目なら直せば良いのです。やってみなければそれが間違いかも分からないので、それよりは先へ進んでいるはず。「私は間違っているのでは?」とあまり自分を追いつめないように気をつけて、「間違ってたら直せば良い」というくらいで頑張りましょう。

2013年7月10日水曜日

ABA: 自発訓練(プロの秘密)

 突然暑くなりましたね。名古屋では38度とからしいですよね。私は名古屋を出てから20年くらい経って久しぶりの夏なのですが、20年前とは明らかに気候が違いますね。昔38度なんてなかったですから。この温度にこの湿度。不快極まりない。昼間は絶対にクーラーから出られませんね。でも夜も辛い。昨夜クーラーにタイマーをつけて寝てたんですが、当然ですがタイマーが切れると暑さで目覚めました。ちょっと窓を開けて寝ようと思って電気をつけて、窓を開けて、電気を切ってベッドまで戻った時点で、これだけの運動で汗だくになりました。それも全力疾走でもしてたんじゃないかと思うぐらいの汗です。結局またクーラーをつけて寝ました。夜の暑さを甘く見てましたね。テレビを見ていたら、原発の問題でコメンテーターが、「夏も打ち水をしたりすることで涼しくしてクーラーを控えめにしたり、電力の省エネしよう」なんて言ってましたが、日本に住んでいた事があるんだろうか、この人は。年寄りがクーラーを省エネして倒れたら責任取れるんだろうか。「がまんする」ということを当たり前のように人に期待するのはちょっとどうかと思います。私は我慢しません。人にも期待しません。
 さて前回までディスクリートトライアル(DTT)と、自然環境でのトレーニング(NET)について話しましたが、今回私がやっている事についてちょっと紹介します。私は自発訓練と呼んでいます。ディスクリートトライアルをしていくと、子どもに「指示に従う」ということを上手く教えられます。ただし、子どもが自分から動機を持って自分で行動するという自発性は教えられません。ディスクリートだと訓練は指示を出した時から始まるので、当たり前と言えば当たり前ですよね。自発訓練は逆に、いつ何をするのか子どもが決定する状態を作るので、指示を出さない訳です。「ええ?」と思いませんか?子どもが正しい行動をするのを待っていては、教えづらい。結局子どもが何か悪い行動をしてから、「こうしなさい。」とプロンプトで矯正する感じになってしまいやすい。NETを唱える教科書等ではここの具体的な例がないので、どうしたら良いのか分からない。NETの一つであるマンドトレーニングなんかをすると、自発性をかなり教えられます。でも、通常のマンドトレーニングだけでは、「ちょうだい」とか、物や活動を要求することだけに終止してしまいがちですよね。「どうやったら人を喜ばせるか」「相手の注目・承認が得たい」という要求が難しいんです。
 私はどういう時に人を見てなければいけないのか、どうすれば自分から働きかけて人から承認を得られるのか、教えます。例えばお菓子を食べている時、「ああ、○○ちゃん、お菓子食べてる。先生もお腹すいた。」指示に従うことに慣れている子どもは、ここで変な顔して私を見ます。「お菓子せんせいにもちょうだい。」と言えばくれるのに、「お腹すいた。」では動けないのです。例えば子どもがミニカーを選ぶとします。私は、「ああ、先生つまんない。一緒に遊びたいなあ。」と言います。これでダメなら、手まで出してみます。手にミニカーをくれたら、「やったー。先生もミニカーがあって一緒に遊べる。うれしい。」と言います。ここで大切なのは、セラピーする側が待つこと。指示を出している訳ではないので、急いで子どもがミニカーを先生に与える事が目的ではないのです。自分で観察して気づくというところが目的です。子どもによっては完全無視なので、ちょっと顔の前に手を出してみたり、ちょっと手を取って顔を見てもう一回言ったり、3分でも5分でも良いから待ちます。「先生話しているから、答えてくれると嬉しいな。」なんて言ったりもします。大体の子どもは、「質問に答える」はできても、「話しかけに反応する」はできないことが多いので、最初はすっごい時間がかかります。これで良いんです。その場では時間がかかっても、次の日は気づいてくれたり、3ヶ月後に突然「ああ、そういうことか。」と分かるようになったり、色々ですが、「相手を観察する。」「相手の話しかけに反応する。」ということを、指示に従うのではなく自発で行う事を教えなければいけません。
 私が持つ大きな目標としては、子どもが「物を要求する」のではなく、人との関わりをいかに要求するかに焦点を当てます。自閉症の子って基本的に人との関わりに無関心っぽいですよね。そういうことももちろん多々ありますが、私は意外とそうとも限らないと思ってます。明らかなのは、彼らはどうやったら相手を楽しませるか、指示に従う以外に、どうやったら相手から「すごいねえ。」と言ってもらえるのか知らない。それも教える事ができるんです。子どもがおやつを食べ終わったら、「先生はきれいなテーブルが好き。」「おやつ食べ終わったら、どうすれば良い?」何て言います。「片付けなさい」とは言わない。やらなければ行けない事を教えてしまってはいけないんです。時間がかかっても、自分で見つけ出すことを教えれば、「ああ、すごい!テーブルきれいにしてくれた。」と喜んであげる。常に一緒にいる人を意識して、どうすれば喜ばせられるのかを見つける作業を教えてあげるのです。順番を待つゲームなんかも良いですよね。だれの順番か自分で相手を見ていないとわからない。自分から勝手に最初に番を取るのではなく、じゃんけんで決める。こういう行動をターゲットにする訳です。遊びを完了させることが目的ではないので、焦らずに時間をかけて「相手を気遣える」ことをヒントを出したり、褒めたりしながら教えていきます。
 もっと言えば、「相手を気遣う」だけでなく、「相手から面白いと思われる行動」も教えます。突然わざと転んだり、おかしな行動を取ったり、「ボケ」というか「おふざけ」的な行動も見本で見せます。「お母さん」と呼ばなくたって、お母さんの「気を引く」「笑わせる」ことはいくらでも出来るけれど、教えなければわからない。分からないと、気を引きたい時にはお母さんを叩いたりしてしまう問題行動にもつながります。だって、「お母さん」って呼ぶと「何?」って返事されて、結局次に何したら良いか分からなくなってしまうでしょう?でも、「おふざけ」をすれば笑って見てくれるだけで、「何?」って聞き返されないから、子どもからすると良いんです。
 ちなみに実際に研究を出して「これがディスクリートやNETよりも有効である」と証明したものではありません。NETの一部でしょうね。あくまで、これまでに研究されていることで足らない部分について、私の臨床の経験や、うまいセラピストさんを観察して得られたものです。次はもうちょっと突っ込んで理論分析も話しますね。

2013年7月9日火曜日

ニュース

私からのニュースです。
1)10月18日(金)に愛知県稲沢市で公開講座行います。発達障がい児を持つ親の会「スモールステップ」さん主催で、ABAの基本と応用について、10時から12時までの2時間で参加費用は千円です。もう少ししたら詳しい内容をwww.kojitakeshima.comの方でお知らせします。
2)福岡方面まで足を伸ばして、月1回出張相談おこないます。新幹線沿線の方で興味のある方はkoji.takeshima@yahoo.comまでご連絡ください。

2013年7月7日日曜日

ABA:自然環境で行われるトレーニング(NET)

 昨日名古屋では一人というマスターソムリエのいるお店に行ってきました。彼一人でシェフ、給仕、ソムリエのすべてをやってしまう(彼だけで経営)ので、すごく小さくて、しかし良心的で(安くはないが、意外に高価なワインではない)、隠れ家的な小さなお店ですね。私はカリフォルニアのワインは結構飲んでいましたが、フランスのワインはあまり知らないので色々勉強させてもらいました。私の所もセラピー、親教育から、プログラムの作成、教材の準備、おやつの用意、掃除まですべて私一人でやっているので、全然違う商売なのですが何となく親しみを感じられます。ということで今回、ワインを飲みながら書いているので、少しいらないことを無意味に話しても勘弁して頂きたい・・・相変わらずいい訳ばかりしているという気もする。
 前回ディスクリートトライアルについて書きました。これを批判する感じで生まれたのが自然環境でのトレーニング(Natural Environmental Training: NET)で、今回はこれについて話します。基本的にディスクリートのようにテーブルに子どもを座らせて勉強させるような形態の療育ではなく、自然な生活の流れや遊びの中で色々なスキルを教えていくものです。インシデンタルティーチング(Incidental Teaching)とか、ミリューティーチング(Milieu Teaching)とか、PRTとか、VB(Verbal Behavior:言語行動)のマンドトレーニングとか、ABAの中の色々な方法を含んだ療育方法への総称ということです。今あげたそれぞれの療育法がABAの中で研究されて、効果をあげている。どっかで言いませんでしたっけ?ABAって行動の原理を応用させて人間の生活を改善するものすべてが含まれるので、それに基づいて色々な療育方法が生まれるんです。もちろん、今挙げた療育法だけではありません。ABAは一つの療育方法と考えておられる方が多いのですが、それは間違いですので、気をつけて下さい。
 中でも一番良く知られている例はPRT(Pivotal Response Training、ピー、アール、ティーと呼ばれる)というものですが、アメリカでは有名なテレビ番組でも紹介されました。「スーパーナニー」ってご存知です?「ナニー」と言うのは子どもの面倒を見る人のことを言うのですが、一般の家庭で近所の高校生をバイトで雇って子どものちょっとだけ面倒を見てもらうというレベルの「ナニー」もいれば、お金持ちの家庭で英才教育の一環として雇う教育の専門家である場合もあります。このテレビ番組は、いわゆる問題児というか、家庭内で親の言う事を全然聞かずにどうしようもない子どもがいる家庭に、この番組で有名になった「スーパー(超)ナニー」がやってきて親と子どもを教育し、問題を解決するというものです。紹介された子どもが自閉症の診断を受けていたケースがあって、PRTの創始者の一人であるケーゲル(Koegel)博士が呼ばれ、両親にアドバイスすることで問題解決の一環を担っていました。まあテレビですからちょっと上手く行き過ぎな感じもありましたが、ABAが一般の人たちへ紹介されたという点では良かったですね。
 PRTというのはPivotal Response Training(基軸となる行動のトレーニング)という意味ですが、基軸となる行動というのは、木で言えば枝葉となるものではなく幹になるというか、必要不可欠な重要な行動ということです。「自発的に交流を求める行動」や、「自分で自分の行動を制御すること」、「色々な情報に(同時に)反応出来るこおと」などが「基軸となる行動」として選ばれています。ディスクリートのように小さな行動を一つずつすべて教えるのではなく、少ない数のもっと大きな(塊の)重要な行動を教えることで、他へも良い影響がある(他の行動も学ぶ)というのが理念です。子どもの「動機」を大切にすることが大前提となるため、教える際も「子どもに選択させる」「できる課題とできない課題を混ぜる」「色々な課題を混ぜる」などというような方法が取られます。私のウェブやブログを読まれた方は気づかれたかもしれませんが、「基軸となる」行動を教える(すべての行動を教えずに、鍵となる行動を教える事で一石二鳥を計る)という考えは私も大賛成です。子どもの「動機」も大切にしたいです。
 他の療育の紹介は省きますが、自然環境でのトレーニングというには色々な方法があります。自然の流れの中で教えるという以外「これだ」という共通点はないのですが、「子どもの興味を追う」という方法が多いようです。どういう事かというと、大人が好きな時に教えるのではなく、子どもが欲しい物を見つけた時に教育が始まるということです。例えばインシデンタルティーチングでは、子どもが棚の上にあるオモチャが欲しい時、棚の上にあるオモチャを動機付けとして使って(強化子として)教えたい行動を教えます。VB(言語行動)のマンドトレーニングでは、「ちょうだい」などの要求(マンド)の仕方を教えるでしょう。(私はVBというか言語行動についてはかなり専門的に勉強して来ているので、また次の機会にもうちょっと教えますね。)
 利点としては、やっぱり子どもが自分から何か欲しいと思った物や活動を使うのですから、子どもの乗り具合が違いますよね。ただし、すぐに想像出来るかもしれませんが、子どもが興味のある物が見つかるまで待っていたら、教えられる機会が限られてきますよね。ミリュートレーニングの中では、欲しい物が見つかった時に、それを使って5回連続で教育の試行を繰り返すなんてのもあります。さらに、子どもが教育のきっかけを自ら作るということですから、療育側が(こう教えようという)準備や計画がしにくい。理念は高いのですが、そう簡単に行かない訳です。研究でも、一つ一つの行動を教えた研究は出ていても、ロバース博士が出したような「2年間、週に40時間やった結果こうなった」というような、プログラム全般の結果の研究が出ていないので、ディスクリートトライアルと比べてこれの方が良いとは言えない、というかむしろ、ディスクリートの方がその効果が明らかに証明されていると言って良いでしょう。
 ちなみに私はNETとディスクリートと両方を合わせて半々ぐらいで使います。というか、最初のうちはディスクリートを全面に使い、徐々にNETに移行して行くのが理想ですね。最初は簡単な行動を少しずつ教えてベースを作った後に、徐々にその教えた事を般化させて、自然に行動ができるようにしていきます(というか、せっかく教えても使えなければ意味がない)。NETの、子どもの「やる気」を大切にするという理想は本当に「その通り」と共感しますが、実践はそう簡単にもいきません。ディスクリートと比べて、専門性が求められるということもありますが、「どうやって子どもの興味を使いつつ、こちらの教えたい事を教えられるのか?」「実際には具体的にどうするの?」という具体性に欠ける印象です。教科書というかガイドブックというようなものもあるのですが、実際にどうするのか具体例があまり少なくて、私的にはもどかしい気持ちになります。私の場合は療育の経験から「こうしたら良い」というやり方を私なりに見つけ出してその埋め合わせをしています。
 では次のブログでは私のしていることを書きますね。