2018年4月11日水曜日

第1回オンラインABA講座

 子どもを連れて、ディズニーランドに行ってきました。いつ行ってもあの人の多さと、「ミッキー!」と叫んで駆け寄っていく人たちの、あのテンションにはとてもついていけけません。最近はみんなペアルックとか、グループで揃えた格好で行く人が多いですよね。楽しそう。しかも二人で同じ格好をしている男子学生までいる。それはどう言うことか?世の中変わって来たなあ・・・・ミッキーのカチューシャをつけたニキビ顔の男子学生を横目にぼんやり歩きます。そんな私自身、グーフィーの帽子を被って疲れ切った表情で歩いており、「おっさんになってもあんな帽子で、しかも何で疲れ切っている?」と、きっと思われていることでしょう。子連れは大変なのだ。
 子連れで激しい乗り物には乗れないので、ショーをいくつかみました。「One man's dream」と言うショーは、一人の男の夢でしかなかった物が、こんな大きなディズニーランドにまで成長したと言うメッセージ性のあるもので、ショー自体はあまり関係のない感じになるのですが、「One man's dream...」と歌うあの歌が好きですね(そこしか歌詞は知らないけれど)。そんな壮大なレベルではなくても、何か新しいことをしようとすると、全ては一人の夢から始まる・・・と勝手に良い気分になる。
 と言うことで、今回新しいオンラインの講座を始めて見ました。ブログですら1年以上休んでいた私がこれから継続してできるのか?と言う疑問はありますが、まあとりあえず楽しいことは始めて見ましょう。ウェブサイト上で読者の反応や質問などが載せられるような掲示板が作れなかったので、YouTubeで直接コメントいただけるか、もしくはこのブログに質問などを直接コメントしていただけると、ありがたいです。
 オンライン講座に興味のある方は是非www.kojitakeshima.com/ホーム/オンライン講座に行って見てください。

2018年4月6日金曜日

自閉症の子の卒業、小学校へ入学、そして将来

 4月になりましたね。それにしても暑い。暑すぎて、頼まれてもいないのに毎年やってくる、あの足長蜂たちも大活躍なんでしょうね。まだ4月と言うのに玄関先に作られた巣を駆除いたしました。それにしても玄関先に巣を作るのはやめて欲しい。朝ドアを開けてすぐに蜂と目を合わせるのは、怖すぎる。
 私の小さな教室でも3月は卒業生ラッシュでした。これまで4年以上も来てくれていた生徒さん達も含めて、今年度は15人以上も卒業して小学校に入学して行きます。卒業後の進路はそれぞれで、普通学級に行く子も、特別支援級に行く子も、特別支援学校に行く子もいます。成果もそれぞれで、あんなに泣いて拒絶しまくった子がノリノリで主活動をやったり、あんなに工作に無関心だった子がニコニコで工作の先生を呼んだり、ロボットみたいなセリフを言っていた子が友達を家に誘いまくっていたり、人をすぐに叩いていた子が小さい子に優しくオモチャを譲ったり、成長のエピソードもそれぞれです。
 現在は早期教育が当たり前になって来て、小さい子の塾も乱立していますよね。ただドリルをやりまくっても教育効果が上がりにくいとは分かってはいても、ついつい「詰め込み型」の学習に走ってしまうぐらい、「早いうちに何かしなければ」と言う漠然としたプレッシャーもご両親には大きいかと思います。普通教育であろうと療育であろうと、目の前だけでなく長期的な教育の効果を見据えた計画が必要になると思います。
 ABAを使った自閉症の療育では、スキルを直接訓練するタイプをディスクリート・トライアル・トレーニング、そしてモチベーションを高めて自己学習を増やすやり方をPRTなどとも言いますが、どちらの視点も大切です。ちなみに私の教室のルールは、「みんなが楽しい」です。教室に通われる期間が長ければ長い程、教室での活動へのモチベーションも高くなり、教室でやった活動が大好きになって行きます。色々な活動を好きになると言うことは、家でも外でもそれを考えていたり、やってしまうようになりますから、自分からスキルを学習することに繋がります。教室ではモチベーションを高めるタイプの教育にも力を入れていますから、時に「楽しいだけで大丈夫なのだろうか?(もっと勉強させなくて大丈夫なのだろうか?)」と不安になられた保護者も中にはおられたかと思います。
 スキルはできるだけたくさんあった方が良いと思います。しかも、いろいろな種類あった方が良いと思います。ただし現在学習しているスキルの数や種類だけを見るではなく、新しいスキルを継続して学習していこうとする行動傾向も必要になります。持っているスキルが高いことよりも、スキルが増えて行くベクトルが上向きになっていることの方が長期的にはたくさんのスキルを学習することに繋がる可能性があるのです。将来伸び続ける生徒さんに育つために、「学習への好奇心」をどれだけ育てられたでしょうか?新しいことに対して失敗を恐れずに興味を持ってやってみようとする行動傾向を育てるには、結局「新しいことにチャレンジして楽しかった」と言う一見地味な体験を一歩ずつ積ませて行くしかないのです。教室では新しいことをパターンにして繰り返し提示したり、難しいことを分解して簡単にしたり、すでに好きなものと関連付けて提示することで、「やれる」「できる」「思っていたより楽しかった」体験を1つ1つ積み上げて行くのです。
 私の言うことを信頼して何年も教室に通ってくだ来て下さった生徒プラス保護者さん達ですから、こちらも生徒の卒業への思い入れも強くなります。3月の最終週は保護者の方も泣く方もいて、つられて私も泣いて、本当に情緒不安定な1週間でした。卒業生とその保護者の皆様、ありがとうございました。

2018年3月8日木曜日

ドレミの歌に見る教え方

 所沢出張の帰りに所沢駅に立ち寄ると、新しい駅ビルが完成していました。所沢に突如「デデーン」と音を立てそうなほど立派に登場した駅ビル!ビルの壁には巨大スクリーン、ちょっと前まで寂しかったバス停の中のアイランドからは、プロジェクションマッピングが駅ビルに放映され、ディズニーっぽいミュージカル系の音楽が駅を通る人に向かって攻撃的にガンガン流れ、ド派手!そこがちょっと名古屋っぽい。ビルの中はおしゃれな店が立ち並ぶというのに、音楽のすごさで、なぜかパチンコ屋の雰囲気もある。しかもよく聞くとミュージカルの音楽は「すみやすいまち~」と所沢についてオリジナルミュージカルになっており、驚いた。それって・・・必要?そう言えば新所沢駅近くの焼き鳥屋は、所沢オリジナルの所沢音頭っぽい音楽がいつも流れている。いつか入ってみたいが、その音頭が頭から離れられなくなりそう。地元愛があふれる街ということか?まだまだ知らないところが多い町なことは確かだ。
 ミュージカルと言えば、子どもを連れてサウンドオブミュージックのコンサートに行ってきました。小さな劇場でしたが、どんなに小さくても、やっぱり文化に触れるのは良いですね。うちの家内はアメリカで特別支援の教員をしていましたが、サウンドオブミュージックの中でも特に有名な「ドレミの歌」は、教え方のツボが詰まっていると言う。音楽を忘れてしまった子どもたちに音楽の楽しさを再び教えるという設定でしたよね。そういう目で見たことはなかったが、よく見たらその通りだと気づかされました。
 どの辺が正しい教え方なのかと言うと、まずは1)教える内容を簡潔に紹介します(英語はABCで始まるように、音楽はドレミで始まる)。やはり紹介なしでは何を教えようとしているのか、意味が分かりませんね。しかしたくさん口で説明しすぎると逆に分かりづらくなってしまうので、簡潔に説明するところが重要ですね。次に、2)ドレミをかみ砕いて教えるために、「ドはドーナツのド(英語バージョンはちょと違うが)」と楽しい歌にして説明します。こういった工夫が、子どもを題材に対して興味を持たせる重要な努力になります。そして、3)その歌のお手本を歌って見せ、真似をさせます。最初は真似からです。次に4)子どもたちに自分達だけで歌わせます。徐々に先生がやるのではなく、自分達だけでも教えたことを実際に使うように仕向けていきます。もちろん、5)真似する段階でも、自分で歌わせる段階でも、できたらほめるということは重要になります。そして最後に、6)ドレミを覚えたら、それを応用させることも練習します。この場合、「ソー、ド―、ラー、ファー、ミー、ドー、レー」、などに発展させます。もちろんできたら、褒めます。
 こういう教え方は、実は科学的にも何度も証明されているような手法ですし、発達に特別な支援が必要な子どもの教育でも、毎日使うものです。。実は特別支援をやっていると、それにもう一つステップを足すことが必要になります。それは、「計画した教え方通りに子どもが成長できなければ、さらにスモールステップにして、かみ砕いたり分かりやすくしたり工夫する」ということです。特別な支援とは、「なんでわからないの?」と子どもを責めるのではなく、子どもにわかるように教えてあげることなのです。
 最近の学校教育では、先生が教える際にかみ砕いて分かりやすく教えようとしたり、練習させたり応用させたりする時間が(本当の教育をする時間が)無くなってしまっているような印象もあります。しかし、何十年も前のミュージカルに出てくるぐらいなのですから、(科学的な証明がある前から)いつの時代にも良い先生は良いやり方で教えていたのかと思います。こういった良い先生を世の中に出来るだけ増やしていくことが、私の目標でもあります。

2018年3月2日金曜日

自分を育てる力

 私は温泉好きです。年齢を重ねてくると、本当に良い温泉に入った時の効果というか、すごくリラックスして良く寝られたり、疲れが取れたというのが実感できるようになり、やはり本当のというか「濃い」温泉に入りたい。東京って、意外にも温泉湧いてるんですよね。東京に行った際に、東京の温泉に入って見たくて、行きました。そこは昔ながらの銭湯をちょっと大きくして、本当の温泉を引いてきた感じのところ。東京らしい黒いお湯と、もう一つ違う濁ったお湯、二つも天然温泉が出るらしく、なかなか期待が持てそう。名古屋もスーパー銭湯などで結構混雑していて、嫌だなあと思う時が多いのですが、やはり脱衣所は混んでいる。東京だから仕方ないかあ、でも露天風呂なら開放感があるかも。外に出て何気なく風呂を見ると、そこには人がひしめき合って座っている小さな風呂があり、口が開いたまま閉じないぐらい驚きました。・・・何あれ?そんなにたくさん人が入っているお風呂は初めて見ました。何かの間違いだ。見なかったことにしよう。くじけないように頑張って、奥に進みます。それにしても、なんであんなに小さいところに、満員電車みたいになっているの?裸の男がぎゅーぎゅーに積み重なって、地獄絵図か?進んでいった奥の露天は空いていました。良かった。こっちはそんなに混んでなくて。でも、あそこのお湯はどうしてあんなに混んでいたのかな?と考えながら湯に使っていると、私のすぐ隣に、肩が触れ合うぐらいの距離で人が入ってきました。ええ?そこ普通座る?肩が触れる距離じゃない?でもますます人が入ってきます。また一人。また一人。そうか、こうやってさっきの満員電車風呂も作られて行ったのか!東京は人が多いとは実感する時が多いのですが、お風呂までこの状態とは。まいった。まさか地獄絵図の一部になるとは思わなかったものの、それでもしっかり温まるまで温泉を出なかったのは、名古屋育ちの「勿体無い根性」でしょうね。元を取るまでは、出られない。しかしお湯はすっごく良くて、さすが天然温泉。それにしてもびっくりした。
 私の生徒で温泉が好きな子がいて、露天風呂の写真を指差して、その指差した露天風呂に家族で一緒に行くのだそうです。そうやって趣味というか、楽しいことが増えると良いですね。さて、なんの話でしたっけ?そう、自分を育てる力。私のところに来る生徒さんたちは、自分でやりたいことを決めて、それに打ち込むということが苦手な子が多いのです。放っておくと、なかなか好きなことを見つけられず、人から言われたことをやるだけで自発的な行動が少なく、興味の幅も狭く、同じことを繰り返すだけになってしまい、そのうちに飽きて問題行動に繋がり、注意されるばかりになってしまう、というような悪循環に陥ってしまう場合が多いのです。自分を育てる力、言い方を変えると、好きなことに取り組んで、自分で工夫して、自分で問題を解決して、成長していく、こういった能力というか行動傾向をつけていくことは、非常に大切なことに思われます。
 この「自分を育てる力」といのは、モンテッソーリ系の教育でよく言われることで、ABAのような行動系の領域は、そういうところを目標としないのではないかとよく言われます。しかし実はABAも、「自分を育てる力」を目標とすることはそれ程外れていないのです。ご褒美を使って行動を増やすことだけがABAと勘違いされている方も多く、確かにご褒美も使ってたくさんのスキルを少しずつ教えることはABAでよく行われることです。少しでもたくさん教えれば、それだけ多く「できる」ようにはなります。しかし、それだけではないのです。遠くを見据えた教育を考えると、現在1つでも多くできることが増えるよりも、将来自分自身で勝手に学んでくれる傾向を育てる方が、全体的に見ればたくさんのスキルを学習する結果に繋がることがあるのです。こういったことも考えながら子どもにとって最善なことを考慮しながら教育を続けることが本当の教育であり、それはABAだろうが何だろうが、当たり前のことだと思います。
 特に子どもが幼いうちは、子ども自身の興味の幅を広げ、自身から成長していく傾向を作ることも、当たり前に大切だと思います。ABAは行動を中心に考えるので、「打ち込む」「少しできなくても諦めずに挑戦する」「自分で選んでそれを実行する」というような行動を増やすことに焦点をおきます。これは「勝手にさせる」とは大きく違います。その過程ではご褒美を使ってでも新しいことに挑戦させたり、しっかり褒めて徐々に成功体験を積ませたり、地道に「世の中には楽しい」「打ち込むことは楽しい」ということを体験させていくのです。やり方は違うにしても、モンテッソーリとも最終目的地が似ているところもあるのかなあと思います。
 親も教育者も少しでもたくさんのことを教えたい気持ちの焦りが、子どもの将来を見据えて冷静に考えるよりも先走ってしまうことがあります。教育一般に、英語をやって、塾に行って、少しの時間も惜しんで詰め込み式に教えたくなるように、親の焦りを煽るような商売も巷には多く見られます。「自分で考えてやる」「好きなことに集中させる」「自分で練習する」「工夫する」ということを教えること自体は簡単ではありません。やり方がわからないから、「考えさせる」ではなく「答えを詰め込む」に取って代わられてしまうことも多く見られます。発達障がいを持つお子様の保護者の場合も同様です。「この子は成長がゆっくりだから、とりあえず一つでもたくさんのスキルを教えたい。」という焦りや、「うちの子には自分で考えるとか練習するなんて無理」という諦めが、好きなことを見つけて徐々に興味を広げるよりも、詰め込み式の教え方に繋がってしまうことも多いのです。学習って本来楽しいのです。「楽しいことをやろうよ。」と訴え続ける今日この頃です。
 
 

2018年2月28日水曜日

「やればできる子」でもやらない子

 私はウクレレを少し弾きます。歌に合わせてちょっとコードで合わせて演奏する程度なのですが、一時期は教室の生徒と一緒に弾いて楽しむこともありました。アメリカにいた頃に何となくウクレレの可愛さに惹かれて衝動買いしたのですが、やっぱり大人になって楽器を始めるのって、あまりに下手クソなのが恥ずかしいじゃないですか。というか、下手な楽器を弾くのって、聴く側からすると迷惑ですよね。誰にも練習場面が見られないようにインターネットで動画を見ながら、練習しました。最近は簡単なコードの弾き方から簡単に弾ける曲の弾き方まで、色々と動画で見られるんですよね。それを見ながらちょこちょこ自分で練習して、下手クソながらも基本のコードぐらいは弾けるようになりました。全くYouTubeって嬉しいですよね。調子に乗って、最近ギターを知り合いからもらいました。ウクレレ弾けるんなら、ギターも弾けるのでは?大間違いですね。弦が4本のウクレレに対して、ギターは6本あるので、コードによって弦を押さえるために指があんな形になったり、こんな形になったり、痛い痛い。比較的基本に思われるコードでさえ、そんなに難しいの?と驚きです。だいたい指がそんなところまで行けるわけがないじゃない?一瞬で挫けました。
 私の生徒はだいたい一瞬で挫けます。「やればできる子」でも、何か挑戦し始めてちょっと上手くいかないと0.5秒で諦めて放り投げる生徒も多くいます。練習しようとか、頑張ろうという発想すらない感じですね。ええ?もう挫けたの?と呆れるくらいの速さで心が折れる「ガラスのハート」の持ち主ばかりです。0.5秒では、やったと言うほどやっていないのですから、できるようになるわけがありません。親からすると、失敗しても諦めずに頑張って欲しい期待があるので、自分の子が「頑張らない」とか、「挑戦しない」のを見ると、とても歯がゆいんでしょうね。つい熱が入って、「何でやらないの?」と怒ってしまい、子どもの方はすでに挫けて心が折れている上にさらに怒られて、ウキー!と教材を投げたり、逆にヘラヘラ笑ってごまかして、今度は親の方が「何でやらんの!」とキレたり、親子関係はドツボにはまって行きます。
 挫けやすい子どもというのは定型発達をしている子の中にも多いのですが、発達に障がいがあると、面白いことに挫けやすい子どもである確率がほぼ100%になります。すでに発達に遅れがるのに、挫けやすいのですから、放っておくとますます他の子と差が開いてしまう。では、「やればできるのにやらない子」と「諦めずにどんどん練習する子」は、何が違うのでしょうか?
 簡単に言えば、成功体験です。やってみたら「できた!」という成功体験を多く積んでいる子は、できないことが続いて時々しか成功しなくても、どんどん練習できるのです。やればできることに対する、いわゆる「意味のない自信」がある状態ですね。しかし成功体験の少ない子どもは、1回でも失敗すると、すぐに挫けてしまいます。行動の科学で証明されていることは、新しい行動を学習する際には、最初の段階では毎回成功させてあげることが必要で、その後時々しか成功しない状態に徐々に移行して行くことで、その行動を継続させることができます。ただ、最初の段階でしっかりと行動が成功(強化)されていないと、もしくは成功する確率が突然低くなりすぎてしまうと、行動自体がなくなってしまうのです。ですから、毎回成功させてあげる時期をしっかりと作ってあげて、徐々に成功回数を減らしてあげる必要があるのです。すぐに成功が得られなくても練習し続ける行動の背景には、最初に何千回も成功したという基礎がしっかりとしている必要があるのです。
 どれぐらいの期間、どんな風に成功させてあげることが必要なのでしょうか?私の経験からしても、「それぞれ」としか言いようがないですね。私の教室にくる発達に遅れのあるお子様の場合、最初の1回目すら取り組んでくれない状態から始めるので、最初の1回目を(スモールステップで)すごく簡単にしたり、「できたよ!」と一緒になってメチャクチャ褒めてあげる必要があります。ただし、これを繰り返して行くと、やること自体が好きになってきます。あんなに嫌いだった工作が、お絵かきが、リズム遊びが、プリントが、全般にそれ程嫌でなくなってきて、1、2年かけて、場合によっては3年ぐらいかけて、自分から手を伸ばしてやるようになる状態になってきます。諦めずにできるまで挑戦し続ける時間も0.5秒から5秒10秒と徐々に長くなります。自分で何度も練習すること自体も、少しずつ見られてきます。教育の目的は必ずしも全て教えることではなく、学ぼうとする意欲を変えることだと思います。
 しかし、親や教育者が陥りやすい間違いが、「これも教えて」「あれも教えて」と成長を焦ることです。せっかく成功していても、「それはもうできるでしょう?」「それは昨日できたじゃん。もっと新しいことやらなきゃ。」的に対応すると、「それは大したことじゃなかった(成功ではなかった)。」と伝えたことになり、せっかくの成功体験も無駄になってしまいます。子どもって、できることは何十回も何百回もやりますよね。そうやってできたことを、飽きずに褒めて行くことは意外に労力が必要なことです。しかし大変でも、「それはすごいことだよ」と褒めることが非常に大切なのです。時々、「この教室ではこんなに小さなことでも褒めてもらえて嬉しいのですが、それで大丈夫でしょうか?世の中そんなに褒めてもらえないですよね。それに慣らしていった方が良いのじゃないでしょうか?」と保護者から質問されることもあります。でも、どんなに小さなことでも「成功できたよ」と褒められる体験が大切なのです。焦ってあれこれ教えようとするよりも、本当に小さなことから何百回も褒めておくことで、失敗しても簡単にくじけない、褒めてもらえいない世の中でも「諦めずにどんどん練習する子」、すなわち将来伸びる子を育てるのです。

2018年2月12日月曜日

子どもの寝かせ方

 私は朝が弱いです。かなりの頻度で電車に乗り遅れそうになって、家から駅まで猛ダッシュします。私の他にも学生さんなどで息をぜーはーしながら電車に乗る人もいますが、さすがに私ぐらいの年齢でダッシュしている人は見たことがない。あまりにダッシュすると、次の駅に着くまでにまだ息が落ち着いていなかったり、汗だくになっていたりして、恥ずかしい。このおっさん、この年齢で何やってんの?もうちょっと落ち着きのある、ゆったりとした生活がしたいと思うには思うが、これはこれでありかな、と別に嫌でもなくなってきた。というのも、最近は走り慣れて来たのか、家から駅まで完全に止まらずにダッシュして、地下道を降りて上がっても含めても、そこまで息が切れなくなってきたんですよね。トレーニングの効果かな?余裕が出てきた。健康にも良いかも。だんだんポジティブにさえ思えてきた。やだやだ。
 寝起きの弱い私ですが、夜はしっかり寝たい派です。4,5時間しか寝なくても済む人ひますよね?私はダメです。だから、幼い子どもが家にいますが、絶対夜は早く寝て、朝ゆっくり起きて欲しい。
 私の療育やコンサルテーションであまり大きな力になれないことの一つが、睡眠です。行動分析をする人には、やはり行動が起こる場面に行って、その場で起こる行動を観察したい。ただ、夜寝る所にはさすがにお邪魔できないですよね。どうしてもご家庭で起こる行動のお話を聞いて、アドバイスを差し上げるだけになってしまいます。こうなると、もしたとえご家庭で、お母さまが気づいてらっしゃらないけど行動上は重大なミスを犯していたりしても、私はその場面を見ていないので、指摘してあげられないことになります。あまり役に立たないアドバイスだけで終わってしまう可能性もあるわけです。
 ちなみに長男は、アメリカ式とでも言いましょうか、1歳過ぎて卒乳したころから部屋に一人で寝かせています。ベビーモニターという監視カメラを付けて、何があっても監視できるようにしていますが、必要以上に長男の部屋に入りません。特にうちの子は親がいると(人がいると)興奮してなかなか寝付けません。バタバタ興奮して、ばたっと倒れるように寝る、という子どもの話をよく聞きますが、私の家庭では、早いうちから一人で寝かせる習慣をつけました。
 最初はギャン泣きでした。親がいるとなかなか寝ないし、部屋を去ろうとすると、すぐに足にしがみついてきます。こちらも疲れてきて、もう寝たい。他にもやることはある。「ねんこ!」と指示を出して、泣いても部屋を出ます。部屋には大人しか開けられないように、ドアに取り付けられる仕組みがあります。もちろんオンラインで購入です。ギャーギャー泣いて、ドアをどんどん叩いて、開かないからますます泣いて、結局泣き疲れて寝るようになっていきます。ひどい親ですね。最初はつらいです。最初は30分くらい泣いていましたかね。でもすぐに5分程度しか泣かなくなります。そして1ヵ月もしないうちに、ほぼ泣かなくなりましたかね。今では、ベッドに連れて行って歌を2曲歌ってあげれば、それで後は自分で寝てくれます。早く眠れますから、朝もすっきりです。長い目で見れば、親も子どもも「しっかり眠れる」ことにもつながりますし、結局一番子どものためになると思います。アメリカでは子どもは幼いうちから一人で寝ますし、当たり前のことです。「親と一緒に寝なければ」という神話は、必ずしも必要ありません。
 こういう話を生徒さんにすると、「そんな幼いころから?スパルタはできません。」と言われてしまうこともあります。そりゃそうですね。できない人もいるでしょう。でも、やれるなら早いうちからやることをお勧めです。子どもとの良い距離感も気に入ると思いますよ。
 ちなみに朝が弱いと始めたこの話ですが、夜仕事から家に帰るときも、やっぱり電車に間に合うようにダッシュしてしまう私。余裕がないのは結局しっかり寝ることの問題だけではないようだ。

2018年2月2日金曜日

スモール・ステップで勝ち負け、「負けて悔しい」を教える

 昨年から所沢市にお仕事で行かせていただくことになり、月に2回は名古屋と所沢との往復を続けております。所沢・・・・住宅街ですね。品川から結構距離ありますよねえ。せっかくあれぐらい時間かけて行くのだから、畑が多かったり、木が多かったり、そういった田舎感を求めていた私には納得いかないです。首都圏ってどこまで行っても、ちっとも田舎にならないのが名古屋人的には驚きです。こんだけ時間かけて行ったんだったら、空気ぐらい綺麗になってよ。温泉ぐらい湧いてよ。全く。まあ住宅街なので、基本静かで日中は人もまばら。特に観光で遠くから人が訪れそうなものはなさそうですが、そう言えば、西武球場って所沢ですよね。西武ライオンズの試合の日には、きっとライオンズのファンが西武球場に集まって、さぞ賑わうのでしょう。野球ファンではないが、ライオンズ頑張れ!
 野球のようなゲームの理解は、言葉の理解のない子どもには非常に難しいです。特に、自閉症だったりすると、理解力だけでなく、勝っても負けても「しれー」っとしているというか、嬉しいとか悔しいとかの感情が湧いてくる感じが一切ない場合も多い。勝った時に嬉しくて、負けたら悔しいと言う気持ちを感じられるようにするには、一体どうしたら良いでしょうかね?これが良いという正解はないですし、色々な教え方があるのでしょうが、簡単には教えられない課題です。今回私の教室で成功した例を紹介しますね。
 教室で(小集団で)、相撲を通して勝ち負けを教えてみました。相撲・・・特に相手を押し出すとか倒すとか、人と絡むのを嫌がる子どもも多いです。おもちゃの取り合いでは白熱する子どもも、いざ「押して良いよ」と言われると、尻込みしてしまいます。まずは、相撲の「どすこい」というか相撲っぽく押す感じを見せたくて、「どすこい体操」というYoutubeの動画を見せました。「どすこい、どすこい」の部分が早くてリズミカルで、大はしゃぎになり楽しめる子どもが多いです。
 次に、人ではなくダンボールで作った鬼(たまたま節分が近かったので)を押すことを教えてみました。ダンボールの中にコピー用紙を入れて重りにして(すぐ倒れないようにして)、下には滑りやすいように絨毯を引いて、ダンボールの表面には、わかりやすいように鬼の絵を貼ったりしました。そして、その鬼を押す見本を見せます。必要であれば手伝って子どもに鬼を押させて、できたらめちゃくちゃ褒めます。このやり方で、人を直接押すのではなくダンボールの鬼を押すことなら、比較的早い段階から楽しめるようになりました。「やりたい人!」と聞くと多くの子どもが手をあげるところまで行けました。
 その次に、実際に大人を相手に相撲にしてみます。最初は、後ろから手伝ってやりますが、徐々に先生を押すと先生が大げさに倒れてくれて、それが楽しいことを学習してきます。何度も勝って、褒められて、それが嬉しいようになったところで、負けさせます。ここが勝ち負けが本当にわかるかのテストです。今まで先生を押し出して褒められていたのに、突然先生から倒されるのです。ここで「悔しい」表情を見せたり、倒されても先生を押し返そうとすれば成功です。今まで勝ち負けのあるゲームには全然「しれー」っとして何の感情も見せなかった子どもの何人もが、勝って喜び、負けてがっかりする感情を見せるようになりました。そういう感情って、やっぱりあったんですね。まさか相撲が勝ち負けを教えるのに良いとは、驚きです。ただ、まだ勝ち負けを表情に出さない子どもも中にはいます。私の頑張りが足らないということですね。教育って、思い通りに簡単に行かないからこそ、本当に面白いですね。